Labor & Employment
顧客等からの過大な要求・言動への対応(カスタマーハラスメント)
顧客や取引先からの要求が、現場の担当者だけでは受け止めきれない水準になることがあります。長時間にわたる叱責、繰り返される架電や来店、根拠の示されない金銭の要求、担当者個人に向けられた言動といった形をとり、対応する従業員の負担が積み上がっていきます。
この場面で判断が難しいのは、要求の中に正当な指摘が混じっていることが少なくない点です。商品やサービスに問題があるという指摘そのものは正しいのに伝え方が過剰である場合と、要求されている内容自体が正当な範囲を超えている場合とでは、その後に検討することが変わります。両者を分けないまま「悪質な顧客」として扱うと、後の判断を誤ることがあります。
あわせて、2026年(令和8年)10月1日から、顧客等の言動に起因する問題について、事業主には雇用管理上必要な措置を講ずることが義務づけられます。個別の事案への対応と、社内の方針・体制の整備は、切り離して考えにくい関係にあります。カスタマーハラスメントに当たるかは、職場において行われる顧客等の言動であること、業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えていること、従業員の就業環境が害されることの三つを、いずれも満たすかどうかで判断します。この該当性の判断とは別に、従業員の安全と健康の確保を優先し、記録の保存、理由のある指摘への必要な対応、言動への対処を並行して進めます。
まず確認すること
以下は、ご相談の際に分かる範囲で共有いただきたい事項です。個別の事案への対応と、社内の体制整備のいずれの段階でもご相談いただけます。
- 安全と健康の確保を優先する――暴力、負傷、自傷他害のおそれ、急性の心身の不調が生じている場合には、通常の対応の手順とは分けて、従業員の退避、警察や救急への連絡、受診など、安全と健康を確保するための対応を優先します。あわせて、その後の就業上の配慮や、労災保険の給付に関する手続を検討します。
- 何が起きているかを、事象として確認する――発言や要求の内容、頻度、時間帯、続いている期間、連絡の手段(来店・電話・メール・書面・インターネット上の投稿)を確認します。要求されている内容(是正、返金その他の金銭、謝罪、担当者の交代、公表など)も区別して整理します。
- 正当な指摘が含まれていないか――商品・サービス自体に問題があるという指摘と、その伝え方が過剰であることは、分けて検討します。指摘に理由がある場合は、その部分への対応を別に進めることになります。
- 対応している従業員の状況――誰が、どれだけの時間、どのような体制で対応しているかを確認します。体調や出勤への影響が生じている場合には、その状況と、産業医その他の産業保健の関与の有無も確認します。
- 記録がどのように残っているか――通話の録音、面談の記録、メール、対応履歴のシステム、店舗の防犯カメラの映像について、保存の有無と保存期間を確認します。録音について事前に告知しているかどうかも確認します。
- 社内の方針・手順・権限――対応の手順書の有無、担当者が対応を打ち切ってよい基準、上位者や本社へ引き継ぐ基準、相談窓口の有無を確認します。定めがない場合も、実際にどのように運用されているかを確認します。
- 雇用管理上の措置の整備状況――方針の明確化と周知、相談体制、事後の対応、就業規則等への反映について、現在どこまで整っているかを確認します。2026年10月1日から法律上の措置が義務づけられるため、現状との差を把握しておく必要があります。
- 犯罪や権利の侵害に当たりうる言動がないか――脅迫的な発言、謝罪や面談の強要、業務の妨害、金銭の要求、インターネット上への投稿などがあるかを確認します。あわせて、反社会的勢力との関係が疑われる事情の有無も確認します。
個別の事案では、安全の確保を優先し、社内で判断する責任者と、相手方への連絡の窓口を確認します。記録を保存し、指摘された内容の確認と従業員への配慮を並行して進めます。カスタマーハラスメントに当たるかどうかを判断しきれない段階でも、社内の相談と引継ぎの対象とします。
ご相談いただけること要求の切り分けと対応方針/記録と対応体制の設計/方針・手順・就業規則の整備/従業員からの請求への対応/相手方への法的対応の検討
お問い合わせフォームへ1 要求の内容と、具体的な言動を分けて確認する
顧客からの申入れは、正当なものと、そうでないものとに、あらかじめ分かれて届くわけではありません。ひとつのやり取りの中に、理由のある指摘と、行き過ぎた言動とが混在することがあります。そのため、安全を確保したうえで、相手方を分類するのではなく、要求の内容と具体的な言動を分けて確認することから始めます。
指摘の当否と、伝え方は別に見る
商品の不具合、案内の誤り、対応の遅れが指摘された場合には、まずその事実を確認します。指摘に理由がある場合には、契約、約款その他の適用される規律に沿って、必要な対応を検討します。他方で、その指摘を伝える際の言動が、長時間にわたる叱責、人格を否定する発言、担当者個人への攻撃に及んでいる場合には、それは別の問題として扱われます。要求の内容そのものが正当な範囲を超えている場合だけでなく、要求に理由があっても、その手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えている場合が含まれます。
この切り分けをしないまま対応を打ち切ると、正当な指摘に応じていないという評価を受けることがあります。逆に、要求の内容が正当な範囲を超えているのに、指摘に理由があることを理由として応じ続けると、従業員の負担がそのまま残ります。指針も、顧客等からの苦情のすべてが対象となるわけではなく、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れであって、これには当たらないとしています。
要求されている内容で分ける
次に、相手方が何を求めているのかを分けます。是正・修補を求めているのか、返金その他の金銭を求めているのか、謝罪の方法を求めているのか、担当者の交代や処分を求めているのか、公表や取引先への連絡といった手段を示しているのかによって、検討することが変わります。
| 要求・言動の例(正当な申入れを含む) | 確認すること | 検討する方向 |
|---|---|---|
| 是正・修補・再対応 | 指摘されている事実があったか。契約や約款上、どこまでの対応が予定されているか。同種の事案でどう対応してきたか。 | 事実の確認と、契約・約款に沿った対応。会社としての対応方針を整理し、必要に応じて、対応の範囲や時期を相手方に説明します。 |
| 返金・賠償その他の金銭 | 返金を求める理由と契約関係。損害賠償を求める場合は、損害の内容、原因との関係、金額の根拠。過去に応じた例があるか。 | 相手方の説明だけでなく、契約の内容と事実関係から、支払義務の有無と範囲を確認します。支払の理由や対象範囲を整理しないまま応じると、その後に同様の対応を求められた際、対応の違いを説明しにくくなることがあります。 |
| 謝罪の方法(訪問・書面・土下座・同席者の指定など) | 求められている方法と、その理由。従業員個人に向けられていないか。 | 事実に基づく説明・謝罪と、方法の指定に応じることとは別に検討します。方法の指定に応じる義務が当然にあるわけではありません。 |
| 担当者の交代・処分・氏名の開示 | 交代を求める理由。従業員個人の情報の取扱い。 | 体制としての引継ぎと、個人に対する要求とを分けます。従業員個人の情報を相手方に提供することには、別の検討が必要です。 |
| 公表・SNSへの投稿・取引先への連絡の示唆 | 示唆の内容と、それが金銭等の要求と結びついているか。 | 要求と結びついている場合には、その言動自体が別の枠組みで問題となることがあります。記録を残したうえで検討します。 |
応じる範囲と応じない範囲を、要素ごとに仕分ける
要求は、通常、複数の要素を含みます。商品の交換、損害の賠償、担当者の謝罪、担当者の処分、書面の交付、経営者の出席といった要素を一つずつ分け、応じるもの、応じないもの、条件を付けて応じるものに仕分けます。全体を受け入れるか拒絶するかの二択にしないことが、やり取りを収束させるうえで有効です。仕分けの結果は、後に応対の方法を変更する場面でも、相手方に理由を説明する場面でも、そのまま使えます。
確認できた事実と、その時点の判断を記録する
切り分けは、担当者の頭の中で行われるだけでは後に残りません。確認できた事実、その時点での判断、まだ確認できていない事項を分けて、日付とともに記録します。判断が固まっていない段階でも、記録して引き継ぐことができます。この記録は、対応を続けるか打ち切るかを判断するときにも、従業員を守るための措置を検討するときにも、後から参照することになります。
2 記録の残し方と、対応の体制
記録の有無と内容は、後の事実確認や対応方針の検討に影響します。同時に、記録は従業員を守るための道具でもあります。何をどう残すかは、事案が起きてから決めるよりも、あらかじめ決めておくことで、必要な記録の漏れを避けやすくなります。
何を、どの形で残すか
通話の録音、来店・訪問時の対応記録、メールや書面のやり取り、対応履歴のシステムへの入力、店舗であれば防犯カメラの映像が、記録の中心になります。加えて、対応した従業員が、いつ、どれだけの時間、どのような対応をしたのかを時系列で残しておくと、後から経緯を追いやすくなります。
記録には、発言の要旨だけでなく、こちらがどう応答したかも残します。相手方の言動だけを記録すると、後から見たときに、こちらの対応が適切だったかどうかを説明する材料が残りません。
録音・撮影を行う場合に確認すること
会話の当事者が録音する場合に、録音していることをその場で必ず告知しなければならないという一律のルールはありません。もっとも、録音された音声や映像が個人情報に当たる場合には、利用目的をできる限り特定し、原則として本人への通知または公表を行う必要があります。取得の状況から利用目的が明らかな場合など、法令上の例外もあります。録音を事実関係の確認にも用いるのであれば、その用途を利用目的に含めておきます。カメラについては、設置の状況などから撮影されていることを容易に認識できない場合に、認識できるようにする措置が求められます。あわせて、記録した情報をどの範囲で保存し、誰が閲覧できるようにするか、保存期間をどうするかも整理します。通常の保存期間や自動的な上書きの設定を確認し、必要な記録が消去されないよう保存します。録音や撮影の場所、対象とする会話、時間の範囲は、目的に照らして定め、顧客対応と関係のない私的な場面まで記録しないようにします。
担当者を一人にしない
同じ従業員が繰り返し対応を続ける状態は、その従業員の負担が蓄積するだけでなく、対応の内容が担当者個人の判断に委ねられることにもなります。複数名での対応、上位者への引継ぎ、本社や専門部署への移管について、どの段階で切り替えるのかを基準として定めておきます。
基準は、時間、回数、言動の内容など、現場で判断できる形にしておく必要があります。ただし、時間や回数だけで機械的に判断せず、会社側の説明や対応の経過、意思疎通に必要な配慮もあわせて確認します。「悪質な場合」といった定め方では、判断が担当者に戻ってしまいます。手順を現場に共有する方法としては、社内研修サービスもご利用いただけます。
対応を終える場合の義務・条件・手続
対応を打ち切ってよいかどうかは、一般論として一律には決まりません。契約上の義務が残っているか、指摘に理由がある部分が処理されているか、これまでにどのような説明をしてきたかによって、判断は変わります。
まず、その場の面談や通話を終えること、担当者や連絡方法を変えること、商品やサービスの提供を拒否すること、既存の契約関係を終了することを分けて検討します。安全を確保するためにその場の面談や通話を終える場合には、理由のある指摘への対応が完了していることを前提とせず、その対応は別の担当者や別の方法で続けることもあります。十分な説明をしても同じ要求による長時間の拘束が続く場合などには、差し迫った危険がなくても、面談や通話を終えることを検討します。
それぞれについて、契約上・法令上の義務と、提供の方法を変更する場合や契約を終了する場合に必要な条件・手続を確認します。接触を終えても義務が残る場合には、担当者、履行の方法、期限の有無を整理します。保守などの継続的な契約が残る場合には、苦情への応対と、契約上必要な点検・修理等とを分けて整理します。窓口や連絡方法を変更する場合にも、契約上対応すべき不具合や安全上の問題について、必要な連絡を受け付けられるかを確認します。そのうえで判断し、判断の理由と対応の経過を記録します。あらかじめ基準を定めておくことと、その基準に沿って運用した経過を残しておくことは、後にその判断を説明するために必要ですが、それ自体が打切りを適法とする根拠になるわけではありません。打ち切りを伝える方法、伝える相手、その後に連絡があった場合の扱いも、あわせて決めておきます。
もっとも、障害のある顧客等が、不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的な障壁の除去を必要としている旨を伝えること自体は、カスタマーハラスメントには当たりません。その際の具体的な言動については、要求の内容と、その手段や態様とを分けて検討します。実施に伴う負担が過重でない場合に求められる合理的な配慮の提供、消費者に関する法制上の権利、業法に基づくサービス提供の義務、サービスを中断した場合に生命や健康に及ぼす影響も踏まえて判断する必要があります。対応の方法については、本人と、実施できる配慮や代替となる方法を確認します。立入り等を制限する場合には、具体的な危険や業務への支障、制限する範囲の必要性を確認し、その理由を説明します。指針も、この点に留意を求めています。
新たな販売・サービスの提供を断る場合の制約を確認する
契約を結ぶかどうか、その内容をどうするかは、法令に特別の定めがある場合を除き、当事者が自由に決められるのが原則です。もっとも、業種によっては、業法が拒絶できる場合を限定していることがあります。その規律の内容は業法ごとに異なり、拒絶自体を制限するもの、拒絶の理由を説明できるようにしておくことを求めるものなど、書き方に幅があります。自社に適用される業法の条文に当たって、拒絶の可否と、その際に求められる対応を個別に確認します。
既存の契約を終了する場合の根拠を確認する
既に成立している契約の終了は、応対の制限とは別個に検討する問題です。解除、解約、更新拒絶ができるかどうかは、契約の定め、法令上の制限、これまでの履行状況によって決まります。契約の定めについては、条項の文言だけでなく、その有効性と適用の条件も確認します。消費者との契約であれば消費者契約法による制限が、約款を用いている場合には定型約款に関する民法の規律が、それぞれ問題となりえます。相手方の言動が不当であることは、その判断の一要素にはなりますが、それだけで終了の根拠になるとは限りません。カスタマーハラスメントに当たると評価できることと、契約を終了できることは、区別して検討します。
なお、応対の制限が、契約上必要なサービスの提供を止めることにつながる場合には、その制限自体が契約の履行に関わる問題になります。この場合には、制限の内容と、契約上の義務をどう果たすかを、あわせて設計します。
3 従業員の保護と、事業主等の責務
カスタマーハラスメントに関する雇用管理上の措置
労働施策総合推進法が改正され、2026年(令和8年)10月1日から、事業主には、職場において行われる顧客等の言動であって、雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、その労働者の就業環境が害されることのないよう、雇用管理上必要な措置を講ずることが義務づけられます。①顧客等の言動であること、②業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えていること、③労働者の就業環境が害されることの三つが、いずれも必要とされています。就業環境が害されたかどうかは、その労働者の主観だけで決まるものではなく、同様の状況に置かれた平均的な労働者の受け止め方を基準として、業務上看過できない程度の支障が生じたかという観点から判断されます。ここでいう職場には、自社の事務所や店舗だけでなく、取引先の事務所や顧客の自宅など、従業員が業務を行う場所も含まれます。この該当性の判断とは別に、本人の体調や対応の負担を確認し、担当の交代や業務の調整など、必要な安全・健康上の配慮を検討します。
対象となる言動は、対面のものに限られません。電話、メール、インターネット上の投稿による言動も含まれます。また、繰り返されることが常に必要というわけではなく、言動の程度によっては一度でも就業環境を害することがあります。
ここでいう顧客等には、顧客だけでなく、取引の相手方や施設の利用者その他の事業に関係を有する者が含まれます。購入や契約に至っていない段階の問合せや交渉の相手方も含まれます。消費者向けの事業に限られる話ではなく、企業間の取引においても同じ問題が生じます。行為者が取引先の従業員や役員である場合には、その本人への対応に加えて、相手企業に事実の確認や再発の防止への協力を求めることも検討します。録音や相談の記録などを相手企業に提供する場合には、確認や対応に必要な情報に絞り、本人の同意の要否など提供の根拠を確認します。相手企業による協力は努力義務とされており、また、協力を求めたことを理由に取引先が契約を解除するといった対応は、指針において望ましくないものとされています。
労働者の保護については、会社に対して顧客等の言動に関する相談を行ったことや、会社によるその相談への対応に協力して事実を述べたことを理由とする、解雇その他の不利益な取扱いが禁止されます。
改正法では、これらの措置義務と不利益な取扱いの禁止について、行政による助言、指導または勧告の対象となることが定められています。これらの義務に違反した事業主が厚生労働大臣の勧告に従わなかった場合には、その旨が公表されることがあります。
措置の対象となる労働者には、正社員だけでなく、パートタイム労働者や有期契約の社員を含むすべての労働者が含まれます。派遣労働者については、派遣元だけでなく派遣先にも所定の措置が求められます。派遣労働者が相談したことなどを理由として、派遣先が派遣元に対してその労働者の交代を求めたり、労働者派遣の受入れを拒んだりすることも、不利益な取扱いとして問題となります。方針と対処の内容は、顧客対応の部署に限らず、すべての労働者に周知する必要があります。
指針が挙げる措置
改正法は、相談に適切に対応するための体制の整備と、カスタマーハラスメントへの対応の実効性を確保するために必要な抑止のための措置を、事業主が講ずべき措置として明示しています。法律に基づく指針は、これらを含む雇用管理上の措置を次の五つの柱に整理し、その具体的な内容を示しています。
- 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるカスタマーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
- 職場におけるカスタマーハラスメントへの対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置
- これらの措置とあわせて講ずべき措置
一つ目の柱である方針の明確化には、どのような言動がカスタマーハラスメントに当たりうるか、これを許容しないという事業主の立場、労働者だけに対応を負わせず組織として対応すること、相談先と相談後の対応の流れを明らかにし、労働者に周知することが含まれます。改正法は、顧客等にも、問題への関心と理解を深め、労働者の就業環境を害することのないよう言動に必要な注意を払う努力義務を定めています。顧客に向けて方針を公表するかどうかは、事業の内容等に応じて検討する事項です。
四つ目の柱である抑止のための措置は、特に悪質と考えられる言動への対処の方針をあらかじめ定め、管理監督者を含む労働者に周知し、方針に沿った対応ができる体制を整えることです。そのための具体的な整備として、社内の判断の権限や引継ぎ先を明らかにします。個別の事案で対応を終える場合の判断は第2章で、警察への相談や仮処分などは第4章で扱います。
五つ目の柱には、相談者や行為者その他の関係者のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その内容を労働者に周知すること、相談したこと、事実関係の確認に協力したこと、行政機関の相談・援助・調停等を利用したことなどを理由として不利益な取扱いをしない旨を定め、労働者に周知することが含まれます。
また、この措置は企業規模を問わず事業主に適用されます。相談窓口については、既存のハラスメント相談窓口と一体で運用することも、別に設けることもできます。カスタマーハラスメントに当たると確定した事案だけでなく、そのおそれがある事案や、該当するかどうかの判断が難しい事案についても、広く受け付けられる運用にしておく必要があります。
既存のパワーハラスメントに関する相談窓口や社内規程を土台にできる場合もあります。その場合も、顧客等への対処の方針や対応の権限、関係部署への引継ぎなど、カスタマーハラスメントへの対応に必要な内容が整っているかを確認します。顧客等からの言動は社外の相手方に関わるため、現場でどこまで判断してよいかという点は、あらためて整理する必要があります。
方針・手順の整備と、個別の事案への対応を継続的に相談できる体制については、顧問サービスもご利用いただけます。
事実確認と並行して、従業員への配慮を行う
事実関係の確認と並行して、被害を受けた労働者への配慮を行います。上位者への対応の交代、複数名での対応、行為者からの分離、担当業務の一時的な調整、産業保健スタッフや医療機関につなぐことなどを、状況に応じて検討します。担当の変更や配置の転換を行う場合には、変更の必要性と、契約や就業規則上の根拠を確認し、本人の意向や、業務の内容・賃金・評価への影響も検討します。担当の変更と、就業自体を休ませることとは分けて検討します。本人の状態や、必要に応じて確認する医師等の意見を踏まえて休業の要否を検討し、休業する場合には、その理由と、法令・就業規則等に照らした賃金等の取扱いを整理します。顧客から交代を求められたことだけで、従業員に非があると判断しないようにします。犯罪に当たる可能性がある場合には、警察への相談や法的な対応も検討します。調査の結果、カスタマーハラスメントが生じた事実を確認できなかった場合にも、同様の問題を防ぐため、方針の再周知その他の予防・再発防止の措置を講じます。あわせて、対応の手順や現場の負担について、見直すべき点がないかを確認します。
安全配慮義務との関係
カスタマーハラスメントに関する措置義務の施行の前から、労働契約法上、使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとされています。実際に心身の不調が生じた場合に限らず、言動の内容や経過から危険を予見できる状況にある場合にも、被害を防ぐための対応が問題となります。措置義務を果たしていることと、個別の事案で必要な配慮を尽くしたかどうかは、別に検討されます。
また、顧客や取引先による性的な言動については、すでに男女雇用機会均等法に基づくセクシュアルハラスメントに関する措置義務の対象となる場合があります。
自社が行為者の側になる場合
自社の従業員を顧客等の言動から守る措置とは別に、次の改正法上の責務も、2026年10月1日から適用されます。事業主には、雇用する労働者が問題への関心と理解を深め、他社の労働者に対する言動に注意するよう、研修の実施その他の必要な配慮をするよう努めることとされています。事業主自身(法人の場合は、その役員)についても、問題への関心と理解を深め、自らの言動に注意するよう努めることとされ、労働者についても、同様に努めるとともに、事業主が講ずる措置に協力するよう努めることとされています。
また、他社から、カスタマーハラスメントに関する雇用管理上の措置の実施に必要な協力を求められた場合には、これに応ずるよう努めることとされています。事実の確認や再発の防止への協力などが含まれます。いずれも努力義務であり、雇用管理上の措置義務とは性質が異なります。もっとも、これらの責務が努力義務であることとは別に、具体的な言動について、行為者本人や会社の損害賠償責任が問題となることがあります。
会社は、相手方が取引先の担当者である場合、協力を求める側にも、求められる側にもなります。求める側については、何をどこまで求めるかを、あらかじめ整理しておきます。相手企業に調査結果の開示や担当者の処分を強制できるものではありませんので、事実の確認、担当者の変更、連絡方法の見直しなど、実現できるものから組み立てます。求められる側については、他社からの求めに応じて自社の従業員に事実関係の確認を行う場合に、これに協力した従業員に不利益な取扱いを行わない旨を定めて周知することが、指針において望ましいものとされています。確認の結果、自社の側の言動に問題があったことが分かった場合の対応も、あわせて定めておきます。
顧客対応をめぐり、従業員との紛争が生じた場合
顧客対応をめぐって、従業員から、安全配慮義務違反や過重な業務による損害の賠償を求められることがあります。この段階では、会社と従業員との間の紛争として、記録、勤務の状況、社内での申出とそれへの対応の経過が確認されることになります。カスタマーハラスメントに関する会社の措置や、相談等を理由とする不利益な取扱いをめぐる労使間の紛争については、施行後、都道府県労働局長による紛争解決の援助や、紛争調整委員会による調停も選択肢となります。援助は、紛争の当事者の双方または一方から求められたときに、助言、指導または勧告として行われます。調停も、双方または一方からの申請により、紛争の解決のために必要があると認められる場合に行われます。従業員が援助を求めたことや調停を申請したことを理由とする不利益な取扱いも、禁止されます。もっとも、一方から申請できることと、相手方に合意や解決を強制できることとは異なります。これらの手続を経なければ労働審判や訴訟を利用できないというものでもありませんので、援助や調停の申請を受けた場合の対応と、労働審判・訴訟に進んだ場合の主張の組立てを、同じ資料に基づいて準備します。使用者側の対応については、「労働関係紛争への対応」で扱っています。
4 相手方への法的な対応を検討する場合
まず、何を求めるのかを決める
法的な手続を検討する場面では、手続を選ぶ前に、何を実現したいのかを決めます。来店や架電をやめさせたいのか、特定の要求を断りたいのか、投稿の削除を求めたいのか、生じた損害の賠償を求めたいのか、刑事の手続に委ねたいのかによって、必要となる資料も、取りうる手段も変わります。複数を同時に進めることが常に有利になるとは限りません。
通知・警告の書面で何を伝えるかを決める
改正法は、顧客等の側にも、労働者に対する言動がその就業環境を害することのないよう必要な注意を払うよう努めることを求めています。これは努力義務であり、これだけを理由として契約を解除できたり、損害賠償を請求できたりするものではありません。もっとも、同じ言動について、債務不履行や不法行為を理由とする責任が別に成立する可能性まで否定されるわけではありません。相手方に宛てる通知書において、会社が従業員の就業環境について法律上の措置を求められていることを示すことは、応対を制限する理由を説明するうえで意味があります。
通知書では、これまでの経緯、会社として応じる事項、応じない事項、今後の連絡方法、これに反する言動があった場合に検討する措置を、事実に即して書きます。相手方の行為を犯罪と決めつける表現や、確認できていない事実の記載は避けます。
刑事の枠組みが問題となる言動
言動の内容によっては、生命・身体・自由・名誉・財産に対する害悪を告げる脅迫、暴行または脅迫によって義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害する強要、虚偽の風説や偽計・威力による業務の妨害、暴行または脅迫によって相手を畏怖させ、金品を交付させ、または財産上不法の利益を得る恐喝、管理権者等から退去を求められても正当な理由なくその管理する建造物等から退去しない不退去などが問題となることがあります。強い要求があったというだけでは足りず、それぞれの要件に当たるかどうかを、言動の内容と経緯から検討します。強要や恐喝については、要求が実現していない場合でも、実行に着手していれば未遂として処罰の対象となることがあります。録音や対応の記録は、その判断と立証において重要な資料になります。
被害届の提出や告訴を検討する場合には、その後の民事上のやり取りや、社内での対応の進め方とも関係します。どの順序で進めるかを、あわせて検討します。
面談の強要や架電の継続を止める手続
面談の強要や、業務に支障が生じる程度の架電が続いている場合には、仮の地位を定める仮処分によって、これらを禁ずる裁判所の判断を求めることが検討されます。申立てには、差止めの根拠となる権利、言動の内容・頻度・継続している状況、このまま続いた場合に生じる著しい損害または急迫の危険、求める禁止の内容の具体性を示す資料が必要になります。認められるかどうかは事案によって異なります。現在ある記録で何を示せるか、どのような行為の禁止を求めるかを確認し、従業員の安全を確保するための対応と並行して、申立ての要否を検討します。
インターネット上に投稿されている場合
インターネット上に、従業員の氏名、顔写真、私生活上の情報などがすでに投稿されている場合には、投稿の内容、掲載されている場所、確認した日時、公開されている個人情報を記録します。そのうえで、批判の内容に理由があるかという点と、氏名、顔写真、私生活上の情報などの公開が権利の侵害に当たるかという点を分けて検討します。従業員への影響を確認したうえで、削除の要請などの対応を選びます。
施設への立入りを断る場合と、不当要求への対応
店舗その他の施設への立入りを断る場合も、契約上・法令上の義務などを確認して個別に判断します。共通する確認事項は、第2章の「対応を終える場合の義務・条件・手続」で扱っています。
要求の背景に反社会的勢力との関係が疑われる場合や、組織的な不当要求と見られる場合には、社内の対応体制、警察との関係、公表の要否を含めて別の検討が必要になります。この種の対応については、「危機管理・インシデント対応」をご覧ください。
よくあるご質問
どの段階で相談すればよいですか。
事象が起きている段階でも、方針や手順を整えたいという段階でも、いずれもご相談いただけます。個別の事案については、経過と記録がそろっていない段階でも差し支えありません。事実関係を整理するところから一緒に進めます。
対応を打ち切ってよいかどうか、基準を示してもらえますか。
すべての事案に共通する一律の基準はありませんが、業種、契約の内容、言動の程度に応じて、判断の基準を整理することはできます。その場の面談や通話を終えること、担当者や連絡方法を変えること、商品やサービスの提供を拒否すること、既存の契約関係を終了することは、それぞれ分けて検討します。ご相談では、その会社の業種と実際の運用に即して、現場が判断できる形の基準を作ることと、その運用の経過を記録に残す方法を一緒に検討します。
録音していることを相手方に伝える必要はありますか。
会話の当事者が録音する場合に、録音していることをその場で必ず告知しなければならないという一律のルールはありません。ただし、音声等が個人情報に当たる場合には、利用目的の特定や、本人への通知または公表など、個人情報の取扱いとしての確認が必要になります。すでに録音を行っている場合は、現在の利用目的と実際の用途を確認します。詳しくは第2章の「録音・撮影を行う場合に確認すること」をご覧ください。
2026年10月1日までに、どこから手をつければよいですか。
方針の明確化とその周知、相談窓口の整備は着手点になりますが、それだけで対応が完了するわけではありません。指針が挙げる措置はいずれも講ずべきものとされていますので、施行日までに、第3章の「指針が挙げる措置」に挙げた各措置を整える必要があります。就業規則の改定が必要か、方針文書や服務規律など他の社内文書で整えるかも、あわせて確認します。既にパワーハラスメントに関する規程や相談窓口がある場合は、それを土台にできることが多くあります。
取引先の担当者からの言動も対象になりますか。
対象となる顧客等には、取引の相手方や施設の利用者その他の事業に関係を有する者が含まれます。企業間の取引における言動も、業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超え、従業員の就業環境を害するものであれば、同じ問題として扱われます。取引関係が続いていることを理由に対応を控えるという判断が、かえって難しい状況を生むこともあります。
自社の従業員が、取引先の従業員に対して行う言動についても考えておく必要がありますか。
あります。もっとも、自社の従業員を守るための措置義務と、他社の従業員に対する言動についての責務とは、同じ義務ではありません。後者は、事業主による研修その他の配慮、事業主自身(法人の場合は、その役員)と労働者の注意、他社からの協力要請への応諾のいずれも努力義務とされています。内容は本文の「自社が行為者の側になる場合」で説明しています。いずれも2026年10月1日から適用されます。研修の対象を、顧客対応の部署だけでなく購買・発注の部署にも広げるかどうかは、検討に値します。
窓口を一本化したのに、別の店舗や従業員に連絡してくる場合はどうすればよいですか。
社内での連絡経路をあらためて周知し、他の店舗や部署が個別に回答しない運用を徹底します。そのうえで、相手方に対し、連絡先を限定する旨をあらためて通知します。それでも接触が続く場合には、裁判手続による接触の制限を検討します。
何度も来店する相手方の顔写真を、他の店舗や警備会社と共有してもよいですか。
顔写真から特定の個人を識別できる場合には、個人情報保護法上の規律を確認する必要があります。同じ法人が運営する他店舗での共有、警備業務の委託先への提供、別法人への提供では、取扱いが異なります。人物ごとに検索できる台帳などを別法人に提供する場合には、原則として本人の事前の同意が必要であり、同意なしに提供するには法令上の例外等の要件を満たす必要があります。
防犯の目的であっても、画像の取得と利用の目的、登録する対象者、共有先とその利用の方法を確認し、必要な範囲に限定します。顔を識別する機能を用いる場合には、その旨を含めて利用目的を特定し、通知または公表することが求められます。保存の必要性や管理の方法、本人からの開示・訂正・利用停止等の請求への対応も、あわせて確認します。
本ページは、顧客等からの過大な要求や言動に関する一般的な法律上の論点を整理したものであり、個別の事案についての法的助言ではありません。法令、指針その他の取扱いは変更されることがあります。実際の対応にあたっては、その時点の法令等と、当該企業の状況を確認する必要があります。
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