Intellectual Property
営業秘密が海外で使われたら――裁判管轄・証拠確保・輸出管理
自社の技術情報や顧客情報が海外で使われている疑いがある場合は、使用している相手だけでなく、情報の管理場所、証拠や相手方の財産がある国も確認します。日本法に基づいて請求できるか、日本の裁判所に訴えられるか、海外で利用停止や損害賠償の実現を図れるかは、それぞれ分けて検討する必要があります。
本稿では、営業秘密の海外での使用について、日本法の適用と裁判管轄、国外での証拠確保・救済・判決の執行を整理します。刑事対応や輸出管理も含め、国内の初動に加えて確認すべき事項を解説します。
営業秘密の海外利用が疑われるとき、最初に確認すること
- 対象となる秘密情報と、海外で使用・開示されていると考える根拠
- 保有者の国内における事業、秘密情報の管理の状況、国内外での利用の実態と事業計画
- 相手が情報を取得した経路と、従業員・取引先・競合企業等との関係
- 相手方、使用している拠点、差止めの対象、回収の対象となる財産の所在
- 証拠の所在国、保存の状況、アクセスの権限と、消去・移転されるおそれ
- 技術情報の内容、提供先と用途、既存の契約の準拠法・紛争解決条項
国内での持ち出しの調査や、営業秘密の三要件の検討は、別稿「退職した従業員による情報の持ち出しが疑われるとき」「競合企業による営業秘密の不正使用への対応」で扱っています。本稿は、国外の要素によって増える検討事項に絞っています。
ご相談いただけること使用状況と関係国・証拠・財産の所在の整理/日本法に基づく請求と裁判管轄の検討/現地専門家との連携による国外手続の検討/通知書の作成と交渉/刑事対応の検討/輸出管理上の確認事項の整理
お問い合わせフォームへ目次
1 海外での使用状況と、相手・証拠・財産の所在を確認する
最初に確認するのは、誰が、どこで、何をしているかです。使用している主体が現地法人なのか、取引先なのか、退職者が関与しているのかによって、請求の相手方も、実効性のある手段も変わります。
あわせて、四つの所在を分けて把握します。情報が管理されていた場所、現に使用されている場所、証拠が存在する国、そして相手方の財産がある国です。これらが一致しないことは珍しくありません。証拠が第三国にある、使用は海外だが相手方の資産は日本にある、といった状況では、とるべき手続の組合せが変わります。
そのうえで、利用の停止、証拠の確保、損害の回復のうち、何を急ぐのかを決めます。証拠が消去・移転されるおそれがある場合には、請求の見通しが固まる前から、現地での保全や刑事の相談を並行して検討することになります。
なお、情報の性質や提供先ではなく、関係者の国籍によってリスクを判断することは適切ではありません。確認するのは、情報の内容、誰がアクセスできたか、どこへ提供されたか、どのような移転行為があったかです。
2 日本法による請求と、日本の裁判所への提訴を検討する
国外の行為に日本法が適用される場合があります
不正競争防止法19条の3は、日本国内において事業を行う営業秘密保有者の営業秘密であって、日本国内において管理されているものに関し、日本国外において同法2条1項4号、5号、7号又は8号に掲げる不正競争を行う場合についても、同法の規定を適用すると定めています。ただし、当該営業秘密が専ら日本国外において事業の用に供されるものである場合は、この限りでないとされています。
適用の対象となるのは、同法の第1章(総則)、第2章(差止請求、損害賠償等)および同条が置かれている第4章(雑則)の規定です。したがって、差止請求、損害賠償、損害額の推定等の規定は対象に含まれます。
この規定が働くのは、次の四つの条件を満たす場合です。第一に、保有者が日本国内において事業を行っていること。第二に、営業秘密が日本国内において管理されているものであること。第三に、行為が2条1項4号、5号、7号又は8号に掲げる不正競争に当たること。第四に、当該営業秘密が専ら日本国外において事業の用に供されるものでないことです。2条1項6号、9号、10号は対象に含まれていませんので、「日本企業の営業秘密であれば、国外でのあらゆる不正使用に日本法が及ぶ」という理解は正確ではありません。
他方、この規定が適用されない場合に、日本法による救済が一切なくなるわけでもありません。その場合には、請求の性質に応じて、法の適用に関する通則法等により適用される法を検討します。秘密保持契約などに基づく請求については、契約の準拠法に関する条項も別に確認します。なお、契約の準拠法条項が、契約の当事者ではない競合企業への請求まで当然に決めるわけではありません。
また、19条の3の適用があるとしても、差止請求や損害賠償の各条の要件を別に満たす必要があることは変わりません。
日本の裁判所に提起できるかは、別に確認します
確認するのは三つです。
第一に、不正競争防止法19条の2第1項の特則が使えるかです。同項は、上記と同じ条件のもとで、当該不正競争を行った者に対する訴えを日本の裁判所に提起することができると定めています。
第二に、この特則が使えない場合でも、被告の住所や主たる事務所、不法行為があった地などに基づく一般の管轄規定や、当事者間の管轄合意によって、日本に提訴できるかです。契約に管轄合意や仲裁合意が置かれている場合は、その有効性だけでなく、今回の相手方と紛争を対象としているかも確認します。
第三に、日本の裁判所が管轄権を有する場合でも、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情から、特別の事情があると認められるときは、訴えが却下されることがあるという点です(民事訴訟法3条の9)。証拠と関係者が海外に偏っている事案では、この点も検討することになります。もっとも、日本の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意に基づいて訴えが提起された場合は、この規定の対象から除かれています。外国の裁判所を指定する合意がある場合は、これとは別の問題になります。
請求の期限を確認します
海外での使用が続いていても、差止請求の時効は進み得ます。不正競争防止法は、営業秘密を使用する行為に対する差止請求権について、その行為を行う者がその行為を継続する場合において、営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある保有者がその事実及びその行為を行う者を知った時から3年間行使しないとき、およびその行為の開始の時から20年を経過したときに、時効によって消滅すると定めています。3年の規定には行為の継続という条件が付されており、また、この規定が対象としているのは使用する行為に対する差止請求権ですので、開示等に対する請求を一律に同じ説明に含めることはできません。
さらに、この差止請求権が時効によって消滅した後にその営業秘密を使用する行為によって生じた損害については、同法に基づく損害賠償を請求することができないとされています。消滅前の行為による損害の賠償請求については、民法の規定による時効を別に検討することになります。
20年の起算点は、請求の対象となる不正な使用行為の開始時であり、情報を取得・持ち出した時点と当然に一致するわけではありません。3年の起算点は、侵害の事実およびその行為を行う者を知った時です。流出が判明した日にこれらの事実を把握することもありますが、両者が常に一致するとは限りません。
海外の事案では、期限が複数になることにも注意が必要です。日本法に基づく請求の期限とは別に、現地で用いる請求の期限も確認することになります。使用が始まった時期と、事実および行為者を把握した時期を記録しておいてください。なお、時効に関する一般的な説明は、別稿「競合企業による営業秘密の不正使用への対応」で取り上げています。
3 海外での証拠確保・利用停止・判決の執行を検討する
各手段は、相手方・証拠・財産の所在と緊急性に応じて、並行して検討します。
| 手段・窓口 | 主な目的 | この手段が届く範囲 | 別に必要な確認・手続 |
|---|---|---|---|
| 日本での民事請求/日本の裁判所 | 使用の停止、損害賠償 | 要件を満たす国外での使用についても、請求を検討できる | 日本法の適用と裁判管轄は別々に確認する。国外での強制的な実現には現地の手続も必要 |
| 海外の証拠の取得/日本の裁判所・自社・現地の裁判所等 | 文書・ログ・証言の保全と取得 | 裁判所の嘱託、自社の調査権限に基づく収集、現地の証拠手続は、それぞれ別の制度 | 証拠と管理者の所在、秘密の保護、データ移転の規制、各手続の利用条件を確認する |
| 現地での民事手続/現地の裁判所 | 現地での使用停止・保全・賠償 | 現地の法と管轄に基づき、差止めや暫定的な措置等を求める | どのような措置が利用できるかは国ごとに確認する。保護の要件、緊急性、担保等を確認する。日本法上の営業秘密性だけで決まるものではない |
| 日本判決の現地での承認・執行/執行地の裁判所等 | 国外の財産からの回収等 | 現地で承認・執行が認められる範囲で実行する | 自動的に執行されるものではない。金銭判決と差止判決の扱い、送達等を確認する |
| 刑事の相談・告訴/日本・現地の捜査機関 | 犯罪としての捜査・処罰 | 各国の犯罪成立の要件と国外犯の規定に応じて捜査等を求める | 国外での捜査には国際的な協力等の制約がある。民事の差止め・賠償を代替するものではない |
現地での利用停止を急ぐ場合
現地での利用停止を急ぐ場合は、日本での判決を待たずに、現地法に基づく差止めや暫定的な措置を申し立てられるかを検討します。保護される情報・行為の範囲、必要となる証拠、緊急性の要件、担保の要否、相手方への事前の通知が必要かどうかは、国や手続によって異なります。証拠や財産の保全、現地法上の請求の期限もあわせて確認します。秘密情報を裁判所等に提出する場合の保護の仕組みも、国によって異なります。
証拠の取得は、三つを分けて考えます
第一は、日本の裁判所が外国で行う証拠調べです。民事訴訟法184条1項は、外国においてすべき証拠調べは、その国の管轄官庁又はその国に駐在する日本の大使、公使若しくは領事に嘱託してしなければならないと定めています。日本は1970年のハーグ証拠収集条約の締約国ではありませんので、同条約に基づくルートを利用することはできませんが、証拠調べの嘱託に関する規定を含む1954年の民事訴訟手続に関する条約には加入しています。もっとも、その締約国は1970年の条約の締約国とは異なり、米国や韓国は含まれていません。利用できる条約や取決めは、相手国ごとに確認することになります。
第二は、企業が自らの調査権限に基づいて行う資料の収集です。第三は、現地の裁判所の手続を利用する証拠の取得・保全です。これらは要件も手続も異なりますので、同じものとして扱うことはできません。
海外子会社が保有する資料についても、日本の本社が当然に自由に閲覧し、国外へ移転できるわけではありません。調査の権限、現地の労務や個人情報の保護に関する規制、国外への提供の制限を確認します。親子会社であることだけで、これらの条件が満たされるとは限りません。直ちに日本へ移すことができない場合も、現地で適法に保存したうえで、対象を絞って確認する方法を検討します。国によっては、国外からの遠隔でのアクセスも検討の対象になります。
外国の判決と、日本の判決
民事訴訟法118条は、外国裁判所の確定判決が日本において効力を有するための要件を定める規定です。これは、外国の判決を日本で承認する場面の規定であり、日本の判決を外国で執行できるかどうかは、執行地の制度によって決まります。方向を取り違えないよう注意が必要です。
実務上は、日本で勝訴判決を得たとしても、現地の工場での使用が直ちに止まるわけではありません。どこで、何を実現したいのかを先に決めたうえで、日本の手続と現地の手続を組み合わせることになります。
4 刑事対応と輸出管理上の問題を並行して検討する
刑事対応は最後に説明していますが、着手を後回しにすべきだという趣旨ではありません。証拠の散逸や不正使用の継続が懸念される場合には、民事の見通しが固まる前から並行して検討します。
刑事は、民事とは別の判断です
不正競争防止法は罰則を定めており、国外で行われた行為に関する規定も置かれています。もっとも、民事の特則について確認した条件を、そのまま刑事の要件として当てはめることはできません。国内で管理されていること、専ら国外で事業の用に供されるものを除くといった民事の限定を、罰則の要件に転記することは適切ではありません。
また、海外で使われたという事実だけで犯罪が成立するわけではなく、各罪の行為、主体、目的等を確認することになります。処罰の規定が及ぶことと、海外で証拠や身柄を確保できることも別の問題です。告訴をすれば海外での利用が止まる、というものではありません。
輸出管理上の確認
技術情報の提供については、外国為替及び外国貿易法上の確認が必要になることがあります。同法25条は、一定の技術を外国において提供することを目的とする取引等について、経済産業大臣の許可を受けなければならないとし、記録媒体等の輸出や、電気通信による情報の送信についても、許可を受ける義務を課することができるとしています。
読者に役立つのは、次の三点です。
第一に、国外への提供だけでなく、国内における非居住者への提供も検討の対象になることです。誰が居住者に当たるかは、国籍そのものではなく、外国為替及び外国貿易法上の居住性によって判断されます。
第二に、情報を盗まれたことと、保有している企業自身が無許可で提供したこととは、別の問題だということです。被害者である企業の側に、別途、確認すべき事項が生じる場合があります。
第三に、海外の弁護士や鑑定人に技術資料を送る場面も、輸出管理上の確認の対象になり得ることです。「訴訟のためである」「秘密保持契約を結んでいる」というだけで、当然に許可が不要になるわけではありません。
許可を要しない取引は、公知の技術の提供、基礎科学分野の研究活動における提供、工業所有権の出願又は登録に必要な最小限の技術の提供など、省令に列挙されています。対象となる技術の範囲、提供の相手方と態様、許可を要しない場合については、政令・省令および所管官庁の運用を確認する必要があります。過去に行われた提供について問題がある場合の取扱いも、あわせて検討します。
事業と取引先への影響
海外での使用が続いている間、自社の販売や供給にどのような影響が生じるかを整理します。現地での差止めがどこまで実効的か、サプライチェーンにどのような影響が及ぶか、取引先にいつ何を説明するかは、手続の選択とあわせて判断することになります。
当事務所のサポート内容
- 使用の状況、関係する国、証拠と財産の所在を整理し、急ぐべき手段を検討します
- 日本法に基づく請求の可否と、日本の裁判所への提訴の可否を、それぞれ分けて検討します
- 請求の期限を確認し、時効に関する対応を検討します
- 必要に応じて、現地の弁護士に確認すべき事項や提供する資料を整理し、国内外の対応方針を調整します(現地法に基づく訴訟代理は、当該国で必要な資格・権限を有する弁護士が担当します)
- 通知書の作成と交渉、日本における仮処分・訴訟への対応を行います
- 刑事対応の要否と時期を検討し、輸出管理上の確認事項を整理します
よくあるご質問
国内で管理していた情報でも、海外事業だけに使うノウハウなら、日本法による請求はできませんか。
不正競争防止法19条の3のただし書は、当該営業秘密が専ら日本国外において事業の用に供されるものである場合を、適用の対象から除いています。ここで問われるのは「専ら」国外で事業の用に供されるものかどうかですので、国内での利用や利用の予定があるかを、事業の実態に即して確認することになります。仮に同条の適用がない場合でも、日本法による救済が一切なくなるわけではなく、通則法による準拠法の判断を別に検討することになります。
日本で差止判決を得れば、海外工場での使用もすぐに止められますか。
止められるとは限りません。日本の判決を外国で執行できるかどうかは、執行地の制度によって決まります。民事訴訟法118条は、外国の判決を日本で承認するための規定であり、その逆ではありません。現地での実現を目指す場合には、現地の手続を別に検討する必要があります。どこで何を実現したいのかを先に決め、日本の手続と現地の手続を組み合わせることになります。
不正競争防止法の民事規定が適用される場合は、日本で刑事責任も追及できますか。
別の判断になります。19条の3が適用の対象としているのは、同法の第1章、第2章および第4章の規定であり、罰則はこれに含まれていません。罰則については、国外で行われた行為に関する別の規定があり、その要件は民事の特則とは異なります。民事の条件をそのまま刑事に当てはめることはできませんので、各罪の要件に即して検討することになります。
証拠を確保するためなら、海外子会社の従業員メールを日本本社の判断で調査・移転できますか。
当然にできるとはいえません。親子会社であることだけで、調査の権限や国外への移転の条件が満たされるわけではありません。現地の法令上、従業員の通信の取扱いや、個人データの国外への移転について制限が設けられていることがあります。また、社内規程や労働契約上の根拠、通知・同意の要否も確認する必要があります。直ちに日本へ移すことができない場合も、現地で適法に保存したうえで、対象を絞って確認する方法が考えられます。調査そのものが現地で問題となれば、取得した資料の使用にも影響しますので、現地の弁護士に方法を確認したうえで着手してください。
外国籍の従業員や海外企業に技術情報を渡す場合は、すべて外為法上の許可が必要ですか。
すべてが許可の対象になるわけではありません。外国為替及び外国貿易法上、許可が必要となるのは、政令で定める特定の種類の貨物の設計、製造若しくは使用に係る技術を、政令で定める要件のもとで提供する場合等です。対象となる技術の範囲、提供の相手方と態様、許可を要しない場合については、政令・省令および所管官庁の運用を確認する必要があります。
判断の基準となるのは国籍そのものではなく、同法上の居住性であり、情報の性質、提供先、提供の態様です。国内で非居住者に提供する場合も検討の対象になります。なお、「訴訟のために海外の弁護士へ送る」「秘密保持契約を結んでいる」というだけで、当然に許可が不要になるわけではありません。
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現在の状況、受領している通知があればその内容と日付、把握している期限を、分かる範囲でお知らせください。
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