Intellectual Property
職務発明規程の改定――これまでの発明と報奨はどう扱うか
発明報奨の額や支給方法を見直すとき、これまでの発明や退職者にも新しい規程を適用してよいのかが問題になります。規程の施行日を決めるだけでは、既存の権利や給付条件との関係は整理できません。本稿では、権利の帰属と報奨の取扱いを分け、改定する範囲、従来の取扱いを残す範囲、施行時にそろえる記録を確認します。
監修:吉川 景司(弁護士・弁理士/第一東京弁護士会)
目次
1 規程を変える事項と、運用で直す事項の切り分け
まず、改定によって解決したい事項を、条項の変更が必要なものと、現行制度の運用改善で対応できるものに分けます。報奨の算式や上限、支給条件、会社が権利を取得する仕組みを変えるのであれば、従来の定めとの関係を検討する必要があります。一方、評価資料が集まらない、担当部門間の引継ぎが遅れる、適用した規程が記録されていないといった問題は、まず現在の条項どおりに運用できているかを確かめます。
もっとも、様式や手順の変更でも、新たな資料の提出を支給条件にするなど、従業員の権利に影響する場合は、運用改善だけでは済みません。変更内容・理由・対象となる発明と従業員を整理します。
2 新しい規程を、どの発明・給付に適用するか
新規程の施行日と、個々の条項を適用する範囲は別の問題です。まず、権利を会社に取得させる定めと、取得に伴う報奨を決める定めを分けます。同じ発明でも、帰属と給付・手続で適用する規程が異なることがあります。
権利の帰属では、職務発明に係る特許を受ける権利を、従業員から承継するのか、発明の完成時から会社に帰属させるのかを確認します。原始帰属には、完成前から、その時点で会社が取得する内容の定めが対象者に有効に適用されている必要があります。取得の時期と条件まで確認します。既に発生した権利を、後の規程改定で会社に原始帰属していたことにはできません。過去の発明は、発生当時の帰属と、その後の承継の有無を確認します。
報奨の変更では、今後会社が取得する権利に関する給付と、取得済みの権利に関する給付を分けます。ただし、この区分だけで適用する算式や支給条件は決まりません。未払い・未算定でも、既に対価・利益を受ける権利が生じている場合があります。適用法上の権利と、従来の規程・個別合意に定める給付の内容や支払時期との関係を確認し、変更を及ぼす法的根拠を検討します。新規程に適用対象を書き込むだけで、既存の給付条件を有効に変更できるとは限りません。
適用する規程と、適用される法律は別に確認します。2005年4月1日施行の改正では、権利の承継等が施行前か後かによって、対価に関する規律が分かれます。2016年4月1日施行の改正では、会社への原始帰属と「相当の利益」が導入されましたが、それによって既に生じた権利の帰属や対価請求権が当然に置き換わるわけではありません。発明の完成、権利の承継等、請求権の発生を分けて確認し、出願日や今回の支払日だけで適用法を判断しないことが必要です。
変更の効力と適用範囲を確認したうえで、旧規程による処理を続ける範囲を、経過措置として確定します。給付条件を維持したまま事務手順だけを更新する場合も、その区別を明らかにします。施行日以後の処理をすべて新規程にそろえる必要はありません。
変更する事項ごとの確認
| 変更する事項 | 新しい取扱いの適用範囲について決めること | 従来の取扱いとの関係で確認すること |
|---|---|---|
| 承継方式から原始帰属方式に変える | 今後の発明に用いる取得の仕組みと、その適用開始時点 | 既発生の権利の処理。発生当時の帰属と、その後の承継 |
| 報奨の算式・上限を変える | 今後取得する権利だけか、取得済みの権利に関する給付も対象とするか | 個別合意、過去の実績に係る未算定分・算定済みの未払分・継続給付の区別 |
| 支給時期・退職時の給付方法を変える | どの給付から変更し、在職者・退職者をどう扱うか | 従来の支給条件、支払期限、約束された給付内容 |
| 評価・意見聴取の手順を変える | 新たに始める手続と、進行中の手続をどう分けるか | 既に行った通知・評価・意見聴取の引継ぎ |
対象者や施行日は、表の前提として本文で確認します。この表は変更を検討するための整理であり、各変更が可能であるとの判定ではありません。
3 報奨の見直しで、従来の給付がどう変わるか
係数や上限の変更だけでなく、算定対象とする売上げ・実施料等の範囲、控除する費用、評価する期間を変えれば、同じ発明でも報奨額は変わり得ます。改定案では、旧基準との差がどの要素から生じるのかを説明できるようにします。
評価資料については、新しい算式に必要な情報を、対象となる期間にさかのぼって取得できるかを確認します。資料が残っていない発明を、資料不足だけを理由に低く評価する仕組みになっていないかも検討します。追加資料の提出を求める場合は、単なる様式変更なのか、支給条件の追加なのかを明確にします。
支給時期を変える際は、過去の実績に係る未算定分、算定済みの未払分、今後の実績に応じて算定する分を分け、従来の支払期限との関係を確認します。退職時の一括給付に変える場合も、従来の給付を置き換えられる根拠と範囲を確認し、将来分の評価方法を検討します。退職したことだけで、既に生じた請求権がなくなるわけではありません。在職者と退職者の連絡・通知方法も含め、変更する条件ごとに給付への影響を確かめます。
4 協議・説明と、条件変更の効力の区別
職務発明規程は、就業規則とは別の文書であっても、内容によっては就業規則として扱われます。変更する条項の内容と対象者に即して、従来の規程や個別合意によってどのような権利が認められているかを確認し、労働条件の不利益変更の規律が関わるかも検討します。利益を定める際の協議等を行ったことだけで、既存の権利や給付条件を変更できるとは限りません。協議への参加と、条件変更への同意も区別して確認します。
現行法の相当の利益については、規程に基づく利益の付与が不合理かどうかを判断する際の考慮事項として、特許法に基づき経済産業大臣が定めた指針があります。利益の基準を改定する際も、指針を踏まえ、基準策定時の協議、基準の開示、個別の利益決定に関する意見聴取を検討します。
変更する条件と適用対象を示し、改定前後の違いを説明できる資料を用意します。記録には、説明資料の版、対象者、寄せられた意見と対応を残し、改定の効力に関する検討と結び付けます。
5 施行時にそろえる、適用する規程と記録
施行時には、旧規程による処理が残る場合も含め、次の事項を確認します。
対象の発明・給付・手続ごとに、適用する規程の版と経過措置を特定できるか。規程全体の施行日だけで判断する仕組みになっていないか。評価中、金額決定済みで未払い、継続給付中のものを区別し、それぞれに用いる基準と次の処理を確定しているか。進行中の意見聴取や異議の取扱いについて、従来の通知内容と整合する手順で引き継げるか。窓口と回答担当も定まっているか。個別の決定記録から、適用した規程、個別合意、評価資料、算定理由をたどれるか。例外的な取扱いの理由も残しているか。旧規程と当時の説明・協議等の記録を参照できるか。改定後の資料への差替えで失われず、退職者に関する問合せにも対応できるか。
改定を進める際には、既存の権利と給付条件がどこまで確定しているかを評価し、新旧の規程をどの範囲に適用するかを決める必要があります。当事務所では、変更案ごとの法的な制約と影響の評価、適用条項と経過措置の検討、改定の説明・協議と最初の適用の支援について、個別のご相談をお受けしています。知的財産の取扱分野もあわせてご覧ください。
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