Life Sciences
製薬会社・化粧品会社のM&Aと薬機法対応
製薬会社・化粧品会社のM&Aでは、会社全体の取得だけでなく、特定のブランドや製品ラインを切り出して譲渡するカーブアウト取引が行われることがあります。
対象製品と売却側に残る製品の双方をカバーする特許や、共通するノウハウ・ブランドについては、権利の帰属と、取引後に双方が利用できる範囲を分けて整理する必要があります。薬機法についても、製造販売業等の「業」、品目ごとの承認・届出、品質管理・製造販売後安全管理の「体制」を区別して検討します。
本ページでは、M&A全般の流れではなく、製薬・化粧品分野のカーブアウトに特徴的な知的財産、許認可・届出等、製造・供給、品質・安全管理の移行を中心に整理します。
製薬会社・化粧品会社のM&Aについて、特許・ノウハウ・ブランドの切り出しと、薬機法上の許認可・承認等の移行の双方を取り扱った経験を有する弁護士が在籍しています。世界的に販売されているブランドについて、一部の地域のみを対象として他社へ譲渡し、又は取得する取引も取り扱っています。
まず確認すること
以下は、ご相談の際に分かる範囲で共有いただきたい事項です。取引方法が未定の段階や、資料がそろっていない段階でもご相談いただけます。
- お立場と対象となる製品・ブランドの範囲――売却側・買収側のいずれのお立場かと、どの製品、ブランド、製品ラインが対象となる想定かを確認します。会社全体の取得か、特定の製品群のカーブアウトかによって、検討すべき事項が異なります。
- 想定している取引方法――株式譲渡、会社分割、事業譲渡その他、現時点で想定している方法を確認します。未定の段階でも、対象範囲と目的が分かれば検討を始められます。
- 対象製品に関する知的財産――特許、商標、意匠については、権利者と出願・登録の状況を確認します。ノウハウについては、情報の保有者、利用できる範囲、秘密管理の状況を確認します。売却側に残る製品にも共通して利用されている権利や情報があるかどうかは、特に重要です。
- 薬機法上の許認可・承認・届出の状況――現在どの法人が製造販売業者であるか、対象品目について製造販売承認を受けているか、製造販売届によっているかを確認します。対象製品の法令上の区分に応じ、製造業許可・保管のみの登録、外国製造業者の認定・登録又は化粧品外国製造販売(製造)業者届等の状況も確認します。
- 製造・供給の体制――対象製品をどの製造所で製造しているか、自社製造か外部への委託かを確認します。製造や開発・製造を受託するCMO・CDMO、他社ブランドの製品を製造するOEM事業者を利用している場合は、契約の相手方と対象範囲を確認します。
- 第三者との契約関係――ライセンス、共同研究・共同開発、原材料の供給、販売・流通その他、対象事業の継続に必要な契約を確認します。支配権の変更に関する条項の有無も確認します。
- 売却側に残る事業との共用関係――特許、製造設備、品質保証・安全管理その他の管理部門、情報システム等を、対象事業と残存事業で共用しているかを確認します。
- 品質・安全性に関する状況と想定日程――品質上の苦情、回収、副作用等の安全性情報、行政対応の履歴について、把握している事項を確認します。取引実行と製造・供給の移行について希望する日程があれば、あわせて共有いただきます。
現在把握している情報や資料を基に、対象範囲と、追加で確認すべき事項を整理します。
目次
カーブアウトでは「何を事業として切り出すか」を確認する
対象事業を構成する資産・契約・情報を棚卸しする
製品やブランドのカーブアウトでは、対象を「この製品」と特定するだけでは、実際に何を移転すれば取引後も対象事業を継続できるのかが決まらないことがあります。この点は、売却側では「何を切り出して引き渡すのか」、買収側では「何を受け取れば取得した事業を継続できるのか」という形で、いずれの立場からも問題になります。一つの製品が市場に供給されるまでには、商標や特許だけでなく、製造方法・処方等のノウハウ、薬機法上の承認・届出、製造委託契約、原材料の供給関係、品質・安全性に関する情報、販売・流通の関係等が組み合わされています。そのため、カーブアウトの対象範囲は、財務上又は組織上の「事業部門」の区分だけでなく、取引後に製品を製造し、供給し、品質・安全性を管理し、ブランドを利用するために必要な要素を単位として確認します。
知的財産については、対象製品に表示される商標、製品・成分・用途・製造方法等に関する特許、出願中の権利、製造や研究開発に利用されるノウハウ等を確認します。重要なのは、それらが対象製品だけに利用されているのか、それとも売却側に残る製品や研究開発にも共通して利用されているのかという点です。後者であれば、単純な権利の移転ではなく、取引後の利用関係まで設計する必要があります。
薬事関係についても、対象製品に関する製造販売承認や製造販売届の有無を確認するだけでは十分ではありません。現在どの法人が製造販売業者であるのか、どの製造所で製造されているのか、承認申請時の資料や品質管理・安全管理に関する記録がどこにあるのかを確認します。これらはすべて同じ方法で承継されるわけではないため、具体的な手続は第3章で分けて整理します。
契約については、CMO・CDMO、OEM、原材料・資材の供給、研究開発、ライセンス、販売・流通その他、対象製品の継続に必要な契約関係を確認します。契約の当事者が対象事業を運営する法人とは別のグループ会社である場合や、一つの契約が複数の製品・事業部門を対象としている場合があります。対象事業に関係する部分をどのように引き継ぐかを別途検討します。
さらに、在庫・仕掛品、包装資材、金型や製造設備、試験データ、品質・安全性に関する情報、顧客・流通に関する情報等も対象範囲を構成します。個々の資産を列挙すること自体が目的ではなく、その要素がなければ取引後の対象事業のどの機能が成り立たなくなるのか、という観点から対象範囲を整理することが重要です。
売却側に残る事業との共用関係を確認する
カーブアウトで特に問題になりやすいのは、対象事業と売却側に残る事業が、取引前には一つの会社の中で資産・人員・システム等を共用している場合です。独立したブランドとして販売されている製品でも、その背後では他の製品と共通する特許、製造ライン、品質管理部門、物流網、情報システム等を利用していることがあります。
例えば、一つの特許が対象製品と残存事業の製品の双方に利用されている場合など、資産を単純に「譲渡対象」と「譲渡対象外」に分けられないことがあります。商標についても、特定のブランドだけを対象とする場合と、企業名や複数の事業で利用する共通のブランドを含む場合とでは状況が異なります。知的財産の帰属と取引後の利用関係については、第2章で整理します。
製造・供給についても同様です。対象製品が売却側の工場で他の製品と同じ設備を利用して製造されている場合、取引の実行(クロージング)の日に製造の機能を完全に分離できるとは限りません。どの設備、どの工程、どの品質管理の仕組みを共用しているのかを、まず把握します。
管理部門については、品質保証、安全管理、薬事、研究開発、法務、情報システム等が複数の事業を横断していることがあります。機能や担当者が複数の事業にまたがる場合には、組織上の区分どおりに切り分けられるとは限りません。カーブアウトでは、「譲渡対象」と「譲渡対象外」を分類するだけでなく、その間に残る依存関係を把握することが重要です。把握した共用関係をどのような方法で解消し、又は取引後の関係として設計するかについては、第2章以下で分野ごとに整理します。
人員・データ・取引先との関係も切り分ける
対象事業を実際に運営するためには、権利や契約だけでなく、その事業に関与する人員や情報も確認する必要があります。製薬・化粧品事業では、製品や製造方法を熟知する研究開発・製造の担当者だけでなく、薬事、品質管理、安全管理等の機能を担う人員が事業の運営に関係します。カーブアウトでは、誰を買収側へ移すのかという雇用上の問題だけではなく、取引後に必要となる知識・経験・業務機能がどちらの法人に残るのかを確認します。
例えば、対象製品の技術情報を実質的に把握している担当者が売却側に残る場合には、資料の引継ぎだけでなく、取引後の技術移管や一定期間の協力が必要となることがあります。反対に、発明者や研究開発の担当者が買収側へ移る場合には、売却側に残る特許・技術との関係や、取引後に生じる改良技術の取扱いも検討事項となります。
データについては、品質・安全性に関する情報、試験・研究データ、顧客・取引先に関する情報等について、対象事業に必要な範囲を確認します。個人情報を含む場合や、第三者との契約によって利用目的・提供等に制限がある場合には、単にデータを複製して渡すのではなく、移転・利用の法的根拠や必要な手続を確認します。安全性情報等については、薬機法上の地位や義務との関係もあわせて整理します。
従業員の雇用関係の取扱いは、採用する取引方法によって異なります。会社分割では、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法)に基づく通知・異議申出等の手続を含めて確認します。事業譲渡により労働契約を承継させる場合には、対象となる従業員の個別の承諾が必要となることを踏まえ、説明・協議等を含めて整理します。対象事業に必要な人員が取引後の主体へ移るかという事業継続の観点と、必要な労働法上の手続をあわせて確認します。
取引先についても、対象事業と取引先との「関係」そのものを資産のように当然に移せるわけではありません。販売代理店、卸売業者、製造委託先、研究機関等との契約内容を確認し、取引方法に応じて契約上の地位の移転、相手方の同意、支配権の変更(Change of Control)に関する条項その他の手続が必要かを確認します。対象事業の継続に重要な取引先については、取引実行後の契約関係まで見通して対象範囲を設定します。
取引方法に応じて切り出し方を整理する
カーブアウトをどの取引方法で行うかによって、対象事業を切り出す作業は変わります。ここでは、株式譲渡、会社分割、事業譲渡等の一般的な制度や手続そのものではなく、製薬・化粧品事業を切り出す際に、各方法によって何が変わるのかを整理します。
株式譲渡では、対象会社という法人は同一です。そのため、対象事業が一つの子会社等に既に集約されている場合には、その事業を保有する会社の株式を取得する方法を採ることがあります。他方、取得対象外の製品、知的財産、契約、債務等も同じ法人に含まれている場合には、株式譲渡の前にそれらを対象会社から切り出す、又は対象事業を別法人へ集約するなどの事前の再編が必要となることがあります。
会社分割では、会社法上承継される権利義務と、許認可・承認等の法令上の地位を分けて確認する必要があります。事業譲渡では、対象となる資産・契約・情報等について、それぞれの移転の方法や必要な第三者の同意等を確認します。製薬・化粧品事業に特有の薬機法上の取扱いについては、第3章で整理します。
したがって、取引方法は「どの方法であれば許認可をそのまま移せるか」という一つの観点だけで決めるものではありません。対象事業と残存事業の共用関係、知的財産、許認可・届出等、第三者との契約、製造・供給の体制、人員等を整理したうえで、どの方法であれば取引後の事業構造に適合するかを検討します。
株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割など、M&Aの一般的な取引方法や、法務調査(デュー・ディリジェンス)・契約交渉・取引実行の流れについては、M&A(合併・買収)の法務支援で解説しています。
特許・ノウハウ・ブランドを事業分離後も利用できる形にする
一つの特許が譲渡対象製品と残存製品の双方をカバーする場合
カーブアウトの対象となる製品に利用されている特許が、その製品だけのために存在しているとは限りません。一つの特許が複数の医薬品・化粧品、製造工程、処方又は基盤技術をカバーし、そのうちの一部だけが譲渡対象となることがあります。この場合には、特許権そのものを対象製品に関係する部分だけ切り出すのではなく、誰が特許権を保有し、売却側・買収側がそれぞれどの範囲で特許発明を実施できるようにするかを分けて考える必要があります。
以下のうち、①特許権を譲渡して売却側へライセンスする方法、②特許権を売却側に残して買収側へライセンスする方法、④共有化は、主として特許権を誰に帰属させるかという選択肢です。これに対し、③用途・技術分野・地域等を限定したライセンスは、主として①又は②を採用した場合に、双方の利用範囲をどのように区分するかという契約上の設計方法です。
① 特許権を買収側へ譲渡し、売却側へライセンスする
譲渡対象製品が特許発明の主要な利用先であり、対象事業を取得する買収側が特許権も保有することが取引の目的に沿う場合には、特許権を買収側へ移転し、売却側が残存事業に必要な範囲についてライセンスを受ける方法が考えられます。この方法では、売却側が取引後も事業を継続できるよう、対象となる製品・用途、実施地域、期間、関係会社や委託製造先による利用、再許諾の可否等を整理します。なお、特許権を譲渡する場合には、移転の登録に関する手続も含めて確認します。また、特許権を保有する買収側と、ライセンスに依存して残存事業を行う売却側とでは、特許の維持、権利行使、第三者との紛争等について利害が一致しないことがあるため、特許料その他の維持費用の負担や、第三者による侵害を把握した場合の連絡・対応についても検討します。取引後に生じる改良技術も論点となります。取引時点の製品だけを基準にするのではなく、予定される研究開発や製品展開も踏まえてライセンスの範囲を定めます。
なお、特許権の取得や売却側からのライセンスによって、その製品・製造方法に関係する第三者の権利の問題まで解消されるわけではありません。取得する権利や利用許諾の範囲とは別に、第三者の権利との関係も必要に応じて確認します。
② 特許権を売却側に残し、買収側へライセンスする
一つの特許が、譲渡対象製品だけでなく、売却側に残る複数の製品や共通する技術基盤に広く利用されている場合には、特許権を売却側に残し、取得対象事業に必要な範囲について買収側へライセンスする方法も考えられます。この方法では、買収側が取得する事業の継続可能性がライセンス契約に依存します。そのため、対象となる特許、製品・用途、期間、独占性、再許諾、委託製造先による実施、契約上の地位の移転、終了事由等について、対象事業の運営に必要な範囲を確認します。買収側が将来事業を第三者へ譲渡する場合にライセンスをどのように扱うかも検討事項になります。また、特許権を保有する売却側が対象事業に近い分野へ事業を拡大する場合や、特許権そのものを第三者へ移転する場合など、取引時点では想定していなかった状況が生じることもあります。通常実施権については、特許権の譲受人に対する効力も踏まえ、特許権の移転と契約上の義務の取扱いを分けて確認します。M&A契約とライセンス契約を別々に検討するのではなく、取得対象事業の価値の前提となる利用権が、取引後も想定した範囲で機能するように条件を整理します。
③ 用途・技術分野・地域等を限定してライセンスする
売却側と買収側の双方が一つの特許を利用する場合には、ライセンスの対象を製品、用途、技術分野、地域等によって区分する方法があります。これは、特許権そのものを用途や製品ごとに分割するものではなく、一つの特許権を前提として、契約上、各当事者が実施できる範囲を定めるものです。例えば、特定の有効成分又は技術について、医薬品としての用途を一方が、その他の用途を他方が利用する場合や、複数の製品分野で利用できる製造技術について対象事業に属する範囲だけをライセンスする場合が考えられます。海外事業を含む場合には、日本の特許だけでなく各国の対応する権利についても、どの地域をどちらが利用するのかを確認します。もっとも、将来開発される製品が複数の用途を持つ場合や、当初設定した技術分野の境界に位置する場合には、どちらの利用範囲に含まれるかが明確でなくなることがあります。契約上の区分は現在の製品名だけで定めるのではなく、将来の製品、改良技術、委託製造や関係会社による利用も踏まえて検討します。また、利用範囲や事業活動を制限する条件については、独占禁止法との関係も確認します。
④ 特許権を共有する
売却側と買収側の双方が特許権者としての地位を持つことが取引後の事業関係に適する場合には、特許権を共有する方法も考えられます。ただし、共有にすると双方が自由に権利を処分できるわけではありません。特許法73条1項では、共有者が自己の持分を譲渡し、又はその持分に質権を設定するためには、他の共有者の同意が必要とされています。一方、同条2項では、契約で別段の定めをした場合を除き、各共有者は他の共有者の同意を得ずに自ら特許発明を実施できるとされています。さらに同条3項では、共有に係る特許権について専用実施権を設定し、又は第三者に通常実施権を許諾するためには、他の共有者の同意が必要とされています。
このため、共有化は、双方が自社の事業で技術を利用できるという点だけで判断するのではなく、将来の事業売却や第三者へのライセンスまで見通して検討する必要があります。取引後に一方が事業を第三者へ売却しようとした場合や、新たな製造委託先・提携先へライセンスする必要が生じた場合には、共有関係が取引条件に影響することがあります。共有を選択する場合には、権利の維持、持分の処分、ライセンスへの同意、第三者による侵害への対応、費用負担等について、共有者間の契約であらかじめ整理します。
第三者ライセンス・共同研究・職務発明を確認する
対象事業で利用している技術が、すべて売却会社自身の特許やノウハウとは限りません。大学、研究機関、他の製薬会社・化粧品会社、原材料メーカーその他の第三者から許諾を受けている場合には、対象事業でどの権利をどの範囲で利用しているかに加え、契約上の地位を移転できるか、相手方の同意が必要か、支配権の変更に関する条項があるか、再許諾が認められているかを確認します。株式譲渡によって契約当事者である法人が変わらない場合でも、支配権の変更に関する条項によって通知や同意等が必要となることがあります。
共同研究・共同開発については、研究開始前から各当事者が保有していた技術と、共同研究によって生じた成果を分けて確認します。共同出願契約、共同研究契約その他の契約に、権利の移転、第三者への実施許諾、事業譲渡、研究成果の利用範囲等について制限が設けられている場合には、カーブアウト後の利用関係と整合するかを確認します。権利が共有されている場合には、契約上の制限に加え、持分の移転や実施許諾に関する法定の同意要件も確認します。
職務発明については、発明者が誰であるかだけでなく、特許を受ける権利や特許権が、職務発明に関する規程その他の定めに基づいて、従業者等と使用者等のいずれに帰属しているかを確認します。特許法35条3項は、契約、勤務規則その他の定めにおいて、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めた場合に、その権利が発生した時から使用者等に帰属する制度を定めています。また、使用者等への権利の取得・承継等に伴う従業者等の相当の利益についても、適用される規程や運用を確認します。カーブアウトに伴って発明者が買収側へ移る場合でも、既に売却側へ帰属している特許権等が、その異動だけで発明者とともに移るわけではありません。他方、取引後の改良発明については、新たな勤務先での現在又は過去の職務、適用される職務発明に関する規程等を踏まえて帰属を確認します。発明者が売却側に残る場合も含め、既存特許の出願・権利維持への協力、技術情報の引継ぎ、取引後の改良技術の取扱いを必要に応じて整理します。
ノウハウ・営業秘密を移転後も管理できる形にする
製造条件、処方、分析方法、工程管理、原材料の選定、試験データ等には、特許として公開されていないノウハウが含まれることがあります。カーブアウトでは、単に「ノウハウ一式」を譲渡対象とするだけでなく、どの情報が対象事業に必要であり、どの媒体・システム・担当者のもとに存在しているかを確認し、取引後に買収側が利用できる形で引き継ぐことが重要です。
ノウハウのうち、不正競争防止法上の営業秘密として保護されるためには、同法2条6項の定義に従い、秘密として管理されていること、事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること、公然と知られていないことが必要です。社内で保有している情報がすべて当然に営業秘密に当たるわけではありません。取引に際しては、法務調査のために開示する情報の範囲やアクセス権限を管理するとともに、取引実行後に、売却側・買収側のどちらがどの情報を保有・利用するのかを整理します。双方の事業で引き続き必要なノウハウについては、利用範囲、秘密保持、第三者への開示、複製物やデータの管理等を契約で定め、取引後も想定した管理が継続できるようにします。
商標・ブランドは指定商品・指定役務と共用関係を確認する
ブランドを切り出す場合には、主要なブランド名の商標だけでなく、ロゴ、シリーズ名、商品名その他の関連する登録商標を確認します。同じブランドについて文字商標とロゴ商標が別に登録されている場合や、国内外で異なる法人が権利を保有している場合もあるため、実際の製品表示と商標登録の対応関係を整理する必要があります。
特許と商標では、権利を切り分ける仕組みに違いがあります。日本の特許法上、設定登録済みの一つの特許権を、製品ごとの独立した特許権に分割して移転する制度はありません。このため、複数の事業にまたがる特許では、権利をどちらに帰属させるかと、他方の利用をライセンスでどのように確保するかが中心となります。これに対し、商標法24条の2第1項は、一つの商標権について指定商品又は指定役務が二以上ある場合に、指定商品又は指定役務ごとに分割して移転することを認めています。例えば、一つの登録商標がカーブアウトの対象となる商品と売却側に残る商品の双方を指定商品として含んでいる場合には、登録の内容及び移転に関する制限を確認したうえで、対象事業に対応する指定商品について分割移転を検討できる場合があります。
もっとも、商標法上分割して移転できることと、ブランドを実務上きれいに二つへ分けられることは同じではありません。同一又は類似する名称・ロゴについて複数の登録がある場合や、売却側に残る商品と取得対象の商品との間でブランドイメージが共通している場合には、一部の登録だけを移転すると、双方のブランド運用に影響することがあります。対象となる商標だけでなく、類似する商標、関連するブランド、海外の登録等もあわせて確認します。
また、企業名を含むブランドや、企業全体で用いる共通商標であるハウスマークは、対象事業だけに恒久的に移転することが適さない場合があります。このような場合には、ブランドの帰属を一方に残しながら他方に使用を認める方法や、移行期間中の使用条件、ウェブサイトでの表示、品質管理等の条件を契約上整理します。さらに、ブランドの移行は商標権の移転だけでは完結しません。既存在庫のパッケージ、広告素材、ウェブサイト、ドメイン名その他のブランドに関連する資産や媒体についても、誰が取得し、いつまで旧表示を利用し、どの時点で新しい表示へ切り替えるかを確認します。商標権の帰属と実際のブランド運用を対応させることが、カーブアウト後の事業移行において重要となります。
薬機法上の「業」「品目」「体制」を分けて承継を設計する
取引方法だけで許認可・届出等の承継は決まらない
本章では、医薬品(体外診断用医薬品を除きます)、医薬部外品及び化粧品を対象とします。製薬会社・化粧品会社のM&Aでは、「株式譲渡であれば許認可はそのまま利用できる」「会社分割であれば許認可も承継される」「事業譲渡では改めて取得しなければならない」といった整理だけでは十分ではありません。薬機法では、事業を行う法人に対する製造販売業許可や製造業許可と、個々の品目に関する製造販売承認・製造販売届、さらに品質管理・製造販売後安全管理のための体制が、それぞれ異なる仕組みとして定められています。
そのため、カーブアウトでは、まず「何の地位・手続について検討しているのか」を分ける必要があります。例えば、特定の医薬品について製造販売承認を承継できるとしても、それだけで承継先の法人が製造販売業者として直ちに製造販売できることを意味するものではありません。反対に、株式譲渡では法人自体は変わらなくても、役員、責任者、組織、製造所その他の事項の変更に応じて手続が必要となることがあります。
特に会社分割では、会社法上の事業・権利義務の承継と、薬機法上の許認可等の扱いを分けて確認する必要があります。品目の製造販売承認については承継の制度が設けられていますが、製造販売業許可や製造業許可には同様の承継規定はありません。取引後にどの法人が製造販売又は製造を行うのかを確認したうえで、その法人が必要な許可を有しているかを個別に確認します。主な制度と取引方法との関係を整理すると、次のようになります。
| 制度 | 株式譲渡 | 合併・会社分割 | 事業譲渡 |
|---|---|---|---|
| 製造販売業許可 | 許可の名義人である法人自体は変わらないため、既存の許可を前提に検討できます。薬事に関する業務に責任を有する役員、総括製造販売責任者等の届出事項に変更があれば、所要の変更手続を確認します。 | 許可の名義人である法人が存続する場合と、事業が別法人へ移る場合を区別します。薬機法には製造販売承認についての14条の8と同様の承継規定はなく、取引後の主体が必要な許可を有するかを確認します。 | 譲受会社は別の法人です。製造販売を行うには、譲受会社自身が必要な製造販売業許可を有する必要があります。薬機法には、事業譲渡によって製造販売業許可を承継する旨の明文規定はありません。 |
| 製造業許可・保管のみの登録 | 製造業者である法人と製造所が変わらなければ、既存の許可・登録を前提に検討できます。薬事に関する業務に責任を有する役員、医薬品製造管理者又は医薬部外品等責任技術者等の届出事項に変更があれば、所要の手続を確認します。 | 許可・登録は申請者と製造所に結び付く制度です。薬機法には、これらの許可・登録について14条の8と同様の承継規定はなく、取引後の製造主体が必要な許可・登録を有するかを確認します。 | 譲受会社が製造主体となる場合には、同じ製造所を使用するときでも、譲受会社について必要な製造業許可・保管のみの登録を確認します。具体的な手続は管轄行政庁にも確認します。 |
| 品目の製造販売承認 | 承認取得者である法人自体は変わらないため、株式譲渡それ自体によって14条の8の承継が生じることは通常ありません。承認事項その他に変更が生じる場合は別途手続を確認します。 | 14条の8第1項が承継を明文で定めています。会社分割では、当該品目に係る所定の資料・情報を承継する法人が承認取得者の地位を承継し、承継前の届出が必要です。 | 14条の8第2項により、地位を承継させる目的で所定の資料・情報を譲渡した場合には、譲受人が承認取得者の地位を承継します。相続以外であるため、承継前の届出が必要です。 |
| 品目の製造販売届 | 届出の主体である法人は変わりません。同一法人のまま届出事項を変更する場合には、14条の9第2項による変更の届出を行います。 | 14条の8に対応する承継規定はありません。取引後に別の法人が製造販売業者となる場合には、新たな主体による品目の届出等の具体的な取扱いを管轄行政庁に確認します。 | 事業譲渡についても法定の承継制度はありません。譲受会社が製造販売を行う場合には、同社による品目の届出その他必要な手続を、現在の届出の整理とあわせて確認します。 |
| 外国製造業者の認定・登録 | 外国製造業者の法人格自体が変わらなければ、株主の変更のみによって直ちに認定・登録の主体が変わるわけではありません。名称等の変更事項があれば所定の手続を確認します。 | 外国製造業者の法人格が変わる場合については、厚生労働省の質疑応答において、原則として新たに認定を受ける必要があるとの取扱いが示されています。変更後の法人について必要な認定・登録と、その申請・届出の取扱いを確認します。 | 国内の事業譲渡だけで一律に決まるものではありません。外国の製造所を運営する法人まで変わるかを確認し、変わる場合には新規の認定・登録等の要否を個別に確認します。 |
| GQP・GVP等の体制 | 製造販売業者である法人が同一でも、取引後の組織・人員の変更を踏まえて品質管理・製造販売後安全管理の体制を確認します。責任者等の変更手続も別途検討します。 | GQP・GVPは品質管理・製造販売後安全管理の基準であり、承継する「許可」ではありません。取引後の製造販売業者が、適用される基準に適合する方法・体制を整える必要があります。 | 譲受会社が製造販売業者となる場合には、同社側で品質管理・製造販売後安全管理の体制を整える必要があります。資料の引継ぎだけで足りると整理することはできません。 |
この表は、取引方法だけから結論を出すためのものではありません。同じ会社分割でも、許可を持つ法人自体がそのまま事業を継続する場合と、分割によって別の法人が新たに製造販売・製造の主体となる場合とでは、検討内容が異なります。また、品目の承認を承継できる場合であっても、業許可、製造所、品質・安全管理の体制等を別に確認する必要があります。
製造販売業許可・製造業許可等は取引後の主体を基準に確認する
薬機法上、医薬品・医薬部外品・化粧品を業として製造販売するためには、その種類に応じた製造販売業許可が必要です。また、これらを業として製造するためには製造業許可が必要であり、製造業許可は所定の区分に従って製造所ごとに与えられます。一定の保管のみを行う製造所については、製造業許可に代えて製造所ごとの登録を受ける制度があります。これらの業許可・登録は、個々の品目についての製造販売承認とは別の制度です。
品目の製造販売承認については薬機法14条の8が相続、合併、一定の会社分割や資料等の譲渡による地位の承継を定めていますが、製造販売業許可や製造業許可には同様の承継規定はありません。そのため、会社分割だから業許可も当然に移る、という前提で取引を設計することはできません。まず、取引実行後にどの法人が製造販売業者となり、どの法人が各製造所で製造を行うのかを確認し、それぞれの法人が必要な許可・登録を有しているかを確認します。承継先が既に必要な種類の製造販売業許可を有している場合と、新たに許可を取得する必要がある場合とでは、取引実行までに行うべき準備も異なります。
株式譲渡では、対象会社の株主が変わっても対象会社という法人自体は同一です。このため、対象会社が保有している製造販売業許可や製造業許可について、株式譲渡だけを理由として別法人への承継が生じるわけではありません。ただし、役員、総括製造販売責任者、製造管理者その他の届出事項や、組織・業務体制に変更が生じる場合には、変更内容に応じた手続を確認します。
合併についても、許可の名義人である法人が存続する場合と、名義人が消滅する場合を区別する必要があります。また、会社分割では、設備や従業員、契約等を承継できることと、薬機法上の業許可・登録をどの法人が有しているかとを分けて確認します。製造設備や製造所を取得するだけで、承継側の法人が従前の製造業許可・登録をそのまま利用できるわけではありません。
事業譲渡では、譲渡会社と譲受会社は別の法人のままです。譲受会社が取引後に製造販売又は製造を行うのであれば、譲受会社自身について必要な業許可・登録を確認します。M&A契約上、設備、在庫、契約その他の資産を譲渡できるとしても、法令上必要な許可等については別途確認する必要があります。
品目の製造販売承認には承継制度がある
薬機法14条1項の承認の対象となる医薬品・医薬部外品・化粧品については、品目ごとに製造販売承認を受けます。この製造販売承認については、薬機法14条の8に、承認取得者の地位を承継する制度が設けられています。
同条1項では、承認取得者について相続又は合併があった場合のほか、当該品目に係る厚生労働省令で定める資料及び情報を承継させる会社分割が行われた場合について、所定の者が承認取得者の地位を承継すると定められています。会社分割であれば常に承認が移るという制度ではなく、当該品目に係る資料等をどの法人が承継するかが条文上の要件となっています。承継の対象には、承認申請等の資料だけでなく、品質管理及び製造販売後安全管理に関する資料・情報等も含まれます。
さらに、同条2項は、承認取得者がその地位を承継させる目的で当該品目に係る資料等を譲渡したときは、譲受人が承認取得者の地位を承継すると定めています。したがって、組織再編を用いず、事業譲渡その他の取引によって対象製品の事業を移す場合であっても、法定の要件を満たす資料等の譲渡により製造販売承認を承継できる場合があります。相続以外の承継については、同条3項により、承継前の届出が必要です。
そのため、製品事業のカーブアウトでは、承認取得者の地位をどの法人へ、どの時点で移すのか、そのために必要な資料・情報をどのように承継させるのか、届出その他の手続を取引の日程の中でどのように行うのかを整理する必要があります。
もっとも、製造販売承認取得者の地位を承継できることと、承継先がその品目を適法に製造販売できることは同じではありません。薬機法12条1項は、品目の種類に応じた製造販売業許可を受けた者でなければ業として製造販売してはならないと定めています。また、14条2項1号も、承認の申請者が申請に係る品目の種類に応じた製造販売業許可を受けていない場合には承認を与えないという制度になっています。したがって、カーブアウトでは「承認を移せるか」だけでなく、「承継後に誰が製造販売業者となるか」をあわせて検討します。製造所について必要な製造業許可・外国製造業者の認定等が備わっているか、承認事項に変更が生じないか、品質管理・安全管理の体制をどのように構築するかも別に確認します。
品目の製造販売届は承認品目とは別に手続を確認する
薬機法14条1項の承認の対象以外の医薬品・医薬部外品・化粧品については、14条の9により、製造販売業者が製造販売をしようとするときに、あらかじめ品目ごとに届け出る制度が設けられています。同条2項は、届け出た事項を変更した場合の変更の届出について定めています。
一方、この製造販売届については、14条の8の製造販売承認のように、合併・会社分割や資料等の譲渡によって届出上の地位を承継する制度は設けられていません。そのため、カーブアウトによって製造販売業者が別の法人へ変わる場合には、新たに製造販売を行う法人による品目の届出を前提に、従前の届出をどのように整理するかを確認します。具体的な届出の提出先、従前の届出の変更・廃止等との組合せや手続の順序については、対象品目と取引内容を踏まえ、取引時点の法令、申請様式及び行政上の取扱いを確認して進めます。
外国製造所とGQP・GVP等の体制も別に確認する
海外の製造所で日本向けの医薬品・医薬部外品等を製造している場合には、国内の製造販売承認や製造販売業許可だけでなく、外国製造業者の認定や、保管のみを行う外国製造所の登録についても確認します。株主が変わるだけであれば、その点だけから外国製造業者の法人格が変わるものではありません。他方、海外側の組織再編を伴い、認定を受けている外国製造業者の法人格まで変わる場合については、厚生労働省の質疑応答において、単なる名称の変更とは異なり、原則として新たに認定を受ける必要があるとの取扱いが示されています。変更後の法人について必要な認定・登録と、その申請・届出の取扱いを確認します。
このため、海外の事業を含むカーブアウトでは、日本国内の取引主体だけでなく、各製品について実際にどの法人・製造所が製造を担っているかを確認します。外国の製造所を運営する法人まで譲渡・再編の対象となるのか、単なる株主の変更なのか、法人格そのものが変わるのかによって、必要な検討は異なります。また、承認を要しない化粧品については、外国製造業者の認定と同じ制度を一律に当てはめるのではなく、「化粧品外国製造販売(製造)業者届」の制度を別途確認する必要があります。
GQPやGVPについても、「承継する許認可」と考えるのは適切ではありません。製造販売業者には、品質管理及び製造販売後安全管理について法令所定の基準に適合する方法・体制を整えることが求められ、医薬品等総括製造販売責任者その他必要な責任者を置くことも求められています。したがって、対象事業の品質管理に関する手順書、安全性情報、苦情・回収に関する記録その他の資料を譲受側へ渡すだけではなく、取引後の製造販売業者自身が、適用される基準に応じた組織、人員、業務手順、委託関係等を備えられるかを確認します。製造販売承認の承継、業許可、品質・安全管理の体制をそれぞれ別の論点として確認したうえで、取引実行時に相互に整合するように組み立てることが重要です。
本章の承認・許可等に関する整理は、日本の薬機法を前提としています。日本企業が海外の製薬・化粧品事業を取得する場合には、現地における製品の販売承認、その保有者、製造・輸入等に関する許認可、安全管理その他の制度を国・地域ごとに確認する必要があります。日本法上の承継制度と同じ取扱いであることを前提とせず、必要に応じて現地の弁護士・薬事の専門家等と確認します。クロスボーダー取引に共通する規制・契約上の論点については、クロスボーダーM&Aと規制対応で解説しています。
製造・供給と品質・安全管理の移行を設計する
製造所・CMO/CDMOとの関係を引き継ぐ
製薬・化粧品事業のカーブアウトでは、知的財産や製造販売承認を移転するだけでなく、取引後に製品を実際に製造し、供給できる体制を確保する必要があります。対象製品を自社の工場で製造している場合と、CMO・CDMOその他の外部事業者へ製造を委託している場合とでは、確認する内容が異なります。
外部のCMO・CDMO等を利用している場合には、まず製造委託契約の当事者と対象製品を確認します。事業譲渡等によって契約上の地位を買収側へ移す場合には、法令と契約の双方に照らし、相手方の承諾や必要な手続を確認します。株式譲渡によって契約当事者である法人が変わらない場合でも、支配権の変更に関する条項、通知義務その他の条件が設けられていることがあります。また、一つの製造委託契約が対象製品と売却側に残る製品の双方を含んでいる場合には、対象製品に関する部分だけをどのような契約関係に組み替えるかを検討します。
対象製品を売却側が保有する製造所で製造しており、その製造所自体は売却側に残る場合には、取引後は売却側又はその関係会社が買収側のために製造を継続する形になることがあります。この場合、従前は同一企業内で行われていた製造について、新たに製造委託・供給の関係を設定する必要があります。製造条件、価格、供給量、原材料、品質管理、変更の管理、監査、供給が停止した場合の対応等について、取引後の当事者関係に即した契約を検討します。
これに対し、工場又は製造設備そのものを買収側へ移す場合には、設備や人員を移転するだけでは足りません。第3章で述べた製造業許可・登録を誰が有するのかを確認するとともに、製造所における組織、製造管理・品質管理に必要な文書・記録、原材料・資材、試験設備、委託先その他の要素を取引後の製造主体へ引き継ぐ必要があります。製造場所や製造方法等が変わる場合には、品目の承認事項との関係も確認します。また、取引後に別の製造所へ製造を移管する場合には、取引実行日と製造の移管日との間の製造を誰が行うのか、その間の供給の責任を誰が負うのかを整理し、薬事上必要な手続と契約上の移行計画を対応させます。
GMP等の製造管理・品質管理を取引後の体制に落とし込む
GMP省令の適用対象となる医薬品・医薬部外品については、製造所における製造管理・品質管理が求められます。GMPは、M&Aに伴って一つの権利や資格として売却側から買収側へ「承継する」ものではありません。取引後に製造を担う製造業者等が、製造所において適用される基準に従って製造管理・品質管理を行える体制を整える必要があります。製造販売業者についても、製造業者等に適正な製造管理・品質管理を行わせる義務を負う点を、あわせて確認します。
そのため、製造所を買収側へ移す場合には、建物・設備だけでなく、製品標準書、手順書、製造・試験に関する記録、逸脱や変更の管理、バリデーション(製造工程等が期待した結果をもたらすことの検証)、教育訓練その他、対象製品の製造管理・品質管理に必要な仕組みがどのように運用されているかを確認します。対象製品と売却側に残る製品が同じ製造所・品質システムを利用している場合には、対象事業に必要な文書や記録をどのように分離し、取引後も必要な情報へアクセスできるようにするかも検討事項となります。
製造所が売却側に残り、取引後も売却側が製造を継続する場合には、取引後の製造販売業者が、製造業者等との品質管理上の関係を整える必要があります。第3章で説明したGQP等の製造販売業者側の品質管理体制と、製造所におけるGMP等の製造管理・品質管理を区別したうえで、双方の役割や情報の連携を整理します。
また、取引に伴って製造方法、原材料、製造所、試験方法その他の事項に変更が生じる場合には、当事者間で合意すれば足りるとは限りません。品目の承認事項との関係や必要となる薬事手続を確認しながら、製造移管の時期と取引実行後の供給計画を組み立てます。
移行サービス契約・在庫・表示・包装の移行を設計する
カーブアウトでは、取引実行日から買収側だけで対象事業のすべての機能を担えるとは限りません。売却側が利用していた製造、品質管理、物流、情報システム、薬事その他の機能を一定期間利用する必要がある場合には、移行サービス契約(TSA)等によって、法令上委託できる業務の範囲や委託先の要件等を確認したうえで、提供する業務、期間、費用、情報の管理、責任の範囲、終了時の移管方法等を定めることを検討します。
特に、製造や品質・安全管理に関係する業務については、「従前どおり売却側が行う」というだけでは十分ではありません。取引後に法令上どの法人が製造販売業者・製造業者等になるかを確認し、その主体が負う義務として整理する必要があります。移行サービス契約による業務の委託によって、法令上の地位や義務そのものが当然に売却側へ残るわけではありません。
在庫については、完成品だけでなく、原材料、包装資材、仕掛品等について、取引実行時に誰が取得するかを確認します。取引前に売却側が製造した製品を取引後に誰が出荷・販売するのか、製造の途中にある製品について誰が製造を完了するのかによって、薬事上・契約上の検討事項が変わります。
移行期の供給に備えて在庫を計画する場合には、製品ごとの需要、製造移管の日程、使用期限、納入先で使用されるまでの期間、保管の能力を踏まえて必要量を検討します。在庫は市場への出荷の前後で区分し、ロットごとの市場への出荷の可否の決定に関する記録と出荷の記録、管理の主体、取引後の取扱いを整理します。保管場所を追加・変更する場合には、取扱品目、在庫の出荷段階、業務の内容及び業務を行う法人の既存の許可・登録を踏まえ、新たな許可・登録や変更の手続の要否を個別に確認します。承認を受けた品目については、承認事項との関係も確認します。
卸売販売業者等との間では、在庫の偏在や過大な発注を招かないよう、配分の方法や納入・返品の条件を整理します。また、対象となる医療用医薬品については、流通段階に在庫があることだけを理由に報告・届出が不要と判断せず、取引の前後それぞれの時点の製造販売業者について、出荷の停止・制限の決定やそのおそれ、実際の出荷の状況を踏まえて要否を確認します。
また、製造販売業者、販売名、ブランドその他の表示を変更する場合には、既に製造された在庫、包装資材や仕掛品をどのように扱うかを確認します。変更の内容によって必要な薬事手続や旧表示の製品の取扱いは異なるため、「既存の在庫であれば一定期間そのまま販売できる」と一般化するのではなく、対象品目、変更内容及び取引時点の法令・通知等に基づいて確認します。製薬・化粧品事業の移行では、法的な取引実行日、承認・届出等に関する手続、製造の移管、包装・表示の切替え、旧在庫の消化が、それぞれ異なる時点になることがあります。これらを一つの移行計画として整理し、必要な契約と薬事手続を対応させます。
回収・副作用等の安全性情報と責任分担を整理する
製品のカーブアウトでは、取引実行後に発生する問題だけでなく、取引前に製造・販売された製品について、取引後に品質上の問題、副作用その他の安全性に関する情報が判明する場合も想定する必要があります。そのため、品質上の苦情、回収、副作用等の安全性情報その他の記録について、どの情報をどの時点で引き継ぎ、取引後に双方がどのように情報を共有するかを整理します。
特に、安全性情報は取引実行日を境に単純に分けられるとは限りません。取引前に売却側が製造販売した製品について取引後に新たな副作用の情報が得られる場合や、取引前の製造ロットについて後から品質上の問題が明らかになる場合があります。過去の苦情、調査の記録、安全性情報、行政庁への報告その他の資料について、承継先が必要な範囲で確認・利用できるようにすることが重要です。
M&A契約では、取引前の原因による回収その他の問題について、費用をどちらが負担するか、相手方への通知や調査への協力をどのように行うか、第三者からの請求をどのように扱うか等を定めることがあります。製造委託契約、品質に関する契約、移行サービス契約等との間でも、同じ問題について責任の分担が矛盾しないように整理します。
もっとも、契約によって当事者間の経済的な負担を配分することと、法令上の義務は別の問題です。当事者間で「売却側が費用を負担する」と定めたとしても、それによって買収側が製造販売業者として負う報告、回収その他の法令上の義務が当然に売却側へ移るわけではありません。したがって、回収や安全性への対応については、取引前後の製造販売の履歴、承継の内容及び各法人の法令上の地位を踏まえ、どの主体がどの義務を負うかを確認したうえで、その義務を履行するために必要な情報提供・協力の関係と、最終的な費用負担その他の当事者間の責任分担を分けて契約に反映します。
また、安全性情報その他の資料に個人情報が含まれる場合には、これらの情報を承継先へ提供・移転することについて、個人情報の保護に関する法律その他の適用される法令との関係も確認します。海外のシステムや関係会社へデータを移す場合には、越境移転に関する規制も別途確認します。
医薬品・化粧品に固有の事項を確認する
薬価基準上の取扱いと販売移行を確認する
薬価基準に収載されている医薬品については、製造販売承認の承継だけで取引後の販売移行に必要な対応がすべて完了するとは限りません。承認の承継に伴って製造販売業者や販売名が変わる場合には、薬価基準上の手続や、新たな品目への切替え、従前の品目の取扱い等を確認します。承継に伴って、既に収載されている品目を薬価基準から削除する必要が生じる場合には、製造販売業者から薬価基準収載品目削除願を提出する取扱いが示されています。カーブアウトでは、承認の承継の時期だけでなく、薬価基準上の手続、流通・在庫、医療機関等への供給を含む販売の移行を確認し、取引の日程との関係を整理します。
再審査等・製造販売後の調査や安全対策を引き継ぐ
再審査期間中の医薬品や、製造販売後の調査・試験その他の活動が継続している品目では、製造販売承認そのものに加え、それまでに蓄積された資料・データと進行中の業務を確認します。調査の計画、症例・調査のデータ、委託先との契約、安全性情報、行政庁とのやり取り等について、承継後も必要な業務を継続できる状態にする必要があります。承継した品目については、承継前に実施された製造販売後の調査等の資料を後から確認する必要が生じることもあります。このため、承認の承継時に何を引き渡すかだけではなく、承継後の再審査その他の手続を見据え、過去の資料へのアクセス、売却側の協力、外部の委託先との関係等を整理します。
特許期間の延長・後発品を含む特許関係を確認する
医薬品では、対象製品に関係する特許の中に、薬機法上の処分との関係で存続期間の延長登録がされているものがあります。対象製品について、どの特許が存在し、延長登録の対象となっているかを確認し、対象事業とともに移転する権利やライセンスの範囲を整理します。延長登録の有無だけでなく、延長された期間中に特許権の効力が及ぶ範囲も確認します。また、後発医薬品の参入の状況や、対象製品に関する紛争の有無等も確認します。本ページでは特許期間の延長登録制度や後発医薬品の制度そのものを詳述せず、カーブアウトの法務調査と知的財産の切り出しに関係する範囲で確認します。
化粧品の表示・広告とOEM・処方・仕様を確認する
化粧品ブランドのカーブアウトでは、商標権を取得するだけで、従前と同じ商品をそのまま販売できるとは限りません。製造販売業者等の法定の表示、成分に関する表示、ブランド名その他のパッケージの表示について、取引後の製造販売の体制に合わせて何を変更する必要があるかを確認します。表示をいつ切り替え、旧包装の在庫をどのように扱うかについては、第4章の移行計画の中で整理します。
ウェブサイト、店頭表示、パッケージその他の広告・表示についても、買収側が取引後も利用する素材を確認します。薬機法上の広告に関する規制や景品表示法との関係だけでなく、表示内容の根拠となる試験・資料を誰が保有しているのか、買収側が取引後もそれらを利用できるのかという観点から法務調査を行います。
また、化粧品ではOEM事業者が製造を担い、ブランドを保有する会社とOEM先との間で処方、製造条件、仕様、原材料等が定められている場合があります。処方・仕様等を誰が保有し、買収側が同じOEM先を継続して利用できるのか、OEM先が保有するノウハウや他社向け製品との関係があるのかを確認します。ブランド、表示、広告素材、処方・仕様及び製造の関係を一体として確認し、取引後も想定する商品を供給できるかを整理します。
法務調査と契約でカーブアウトを取引実行につなげる
法務調査で権利・許認可・契約のつながりを確認する
製薬・化粧品事業のカーブアウトにおける法務調査では、特許、許認可、契約等を項目ごとに確認するだけではなく、それらが対象事業の中でどのようにつながっているかを確認することが重要です。例えば、第2章で述べたように、一つの特許が譲渡対象製品と売却側に残る製品の双方をカバーしていることが分かれば、単に「特許権がある」と評価するのではなく、取引後の権利の帰属とライセンス関係を検討する必要があります。第三者からのライセンスによって重要な技術を利用している場合には、その契約を買収側でも利用できるかが対象事業の継続可能性に関わります。
第3章の薬事関係についても同様です。対象製品に製造販売承認があることだけでなく、その承認取得者と取引後の製造販売業者が誰になるのか、必要な製造販売業許可・製造業許可等がどの法人にあるのかを確認します。こうした依存関係は、取引の対象範囲を決めるだけでなく、取引実行までに必要な手続、第三者の同意、関連する契約、取引実行の前提条件や取引後の移行措置を設計する基礎となります。
売却側では、法務調査への対応に先立ち、対象事業に属する権利・承認・契約と、残存事業と共用しているものを整理することが重要です。資料の開示だけでなく、取引実行までに分離・変更すべき事項、買収側に引き継ぐ資料、取引後も売却側が利用する権利・機能を把握し、開示の内容とカーブアウトの計画を対応させます。
取引契約と関連契約で移行条件・責任分担を定める
法務調査で確認した事項は、株式譲渡契約、事業譲渡契約その他のM&A契約だけでなく、知的財産の譲渡・ライセンス契約、製造・供給契約、品質に関する契約、移行サービス契約その他の関連する契約へ反映します。取引実行の前に必要な許認可・届出等や第三者の同意がある場合には、取引実行の条件又は実行までに行う事項としてどのように扱うかを検討します。
取引後も一定期間、売却側の特許、製造所、システム、人員等を利用する場合には、対象、期間、利用の条件、終了時の移行等を関連する契約で定めます。また、第4章で整理した法令上の義務を前提として、取引前の原因に基づく回収、品質上の問題、安全性情報その他の事項について、表明保証、誓約事項、補償、情報提供・協力の義務等を契約に反映します。品質上の問題については、行政上の回収・報告等だけでなく、取引の前後に製造・販売された製品に関する製造物責任その他の第三者からの請求や、関連する保険の取扱いについても、案件に応じて確認します。
カーブアウトでは、M&A契約と各種の移行条件を相互に整合させることが重要です。複数の契約書に分けて定める場合にも、対象範囲や条件、責任の分担が矛盾しないように整理します。取引実行時に何が移り、何が一定期間残り、最終的にどの状態へ移行するのかを対応させて契約を設計します。
必要に応じて他分野の専門家と連携する
製薬・化粧品分野のM&Aでは、取引契約や法令上の論点だけでなく、特許の出願・権利化、薬事申請や品質管理の実務、財務・税務等の検討が必要となることがあります。各専門家の資格・法令上の業務範囲を踏まえ、案件の内容に応じて役割を分担します。
弁護士は、取引構造の検討、法務調査、権利・契約関係や法規制の整理、M&A契約、知的財産に関する譲渡・ライセンス契約、移行サービス契約その他の関連契約、法的な責任の分担等を中心に検討します。特許・商標の出願、権利化、登録の手続や技術的な権利範囲の検討については、必要に応じて弁理士・特許事務所との連携を検討します。薬事申請の具体的な資料の作成や行政庁への対応、GxP(品質・安全管理等に関する各種基準)に関する詳細な運用の設計等については、企業内の薬事・品質部門や薬事分野の専門家との連携が必要となることがあります。また、企業価値の評価、会計・税務上のストラクチャーその他の事項については、公認会計士・税理士その他の専門家が担当する領域と調整しながら進めます。
知的財産の切り出し、薬機法上の承認等の移行、製造・供給の体制、取引契約が相互に整合するよう、法務上の論点を取引全体の中で整理します。
よくあるご質問
会社分割であれば、製造販売業許可や製造業許可もそのまま承継できますか。
会社分割だけを理由に、業許可も一括して承継できるとは整理できません。まず、分割後にどの法人が製造販売・製造を行うのかと、その法人が既に必要な種類の許可を有しているかを確認します。品目の製造販売承認には一定の会社分割による承継の制度がありますが、薬機法には業許可について同様の承継規定はないため、両者を分けて取引を設計します。
事業譲渡でも医薬品・医薬部外品の製造販売承認を承継できますか。
一定の場合には承継できます。薬機法14条の8第2項は、承認取得者がその地位を承継させる目的で当該品目に係る所定の資料・情報を譲渡したときは、譲受人が承認取得者の地位を承継すると定めています。この場合、相続以外の承継であるため、承継前の届出が必要です。また、承継先の製造販売業許可、製造所に関する許認可等、品質・安全管理の体制や承認事項の変更については別途確認が必要です。
化粧品の製造販売届も、製造販売承認と同じように承継できますか。
製造販売承認と同じ制度ではありません。承認の対象外である化粧品等については薬機法14条の9による品目ごとの製造販売届が必要ですが、14条の8のような届出上の地位の承継規定はありません。カーブアウトによって別の法人が製造販売業者となる場合には、新たな製造販売業者による届出を前提に、従前の届出の整理等を、取引時点の行政上の取扱いも含めて確認します。
一つの特許が売却対象製品と売却側に残る製品の双方をカバーしている場合、どのように扱いますか。
一つの方法に決まるわけではありません。特許権を買収側へ譲渡して売却側へライセンスする方法、売却側に残して買収側へライセンスする方法、用途・技術分野・地域等で利用範囲を定める方法、共有化などを検討します。権利の帰属だけでなく、改良技術、第三者へのライセンス、権利行使、将来の事業範囲まで踏まえて契約の条件を整理することが重要です。
CMO・CDMOや共同研究先との契約もM&Aに伴って移転できますか。
取引方法、法令及び各契約の内容によります。事業譲渡等によって契約上の地位を移す場合には、相手方の承諾の有無や必要な手続を確認します。株式譲渡で法人が変わらない場合でも、支配権の変更に関する条項が適用されることがあります。製造委託、共同研究、原材料の供給、販売・流通等の契約を確認し、必要な同意や移行の措置を取引の日程に組み込みます。
薬事上の手続がすべて完了する前にM&Aを実行することはできますか。
必要な手続と取引後の事業体制によって異なります。会社法上・契約上の取引実行が可能であることと、取引後の法人が直ちに製造販売・製造を開始できることは、別に確認する必要があります。必要に応じて、許認可・届出等を取引実行の前提条件とする方法、取引後の一定期間に移行サービス契約や製造・供給契約を利用する方法などを検討します。ただし、移行サービス契約等は、取引後の主体に必要な許可等を代替するものではありません。具体的な手続や時期については行政庁の取扱いも確認します。
本ページは、製薬会社・化粧品会社のM&Aに関する一般的な法的論点を整理したものであり、個別の案件について法的助言を行うものではありません。適用される法令、政省令、通知、ガイドラインその他の行政上の取扱いは改正・変更されることがあります。実際の取引では、対象となる製品及び取引方法を踏まえ、検討・申請・取引実行の各段階に適用される法令、経過措置及び行政上の取扱い等を個別に確認する必要があります。
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ブランドや製品ラインの切り出しでは、対象となる資産や契約だけでなく、共用されている知的財産の帰属と利用関係、薬機法上の業許可・品目の承認・届出、品質・安全管理の体制、製造・供給の移行を相互に整理する必要があります。売却側・買収側のいずれについても、対象範囲や想定する取引方法、現在の許認可・承認・契約関係を踏まえ、法務調査、取引条件、関連契約その他の法的な検討事項を整理します。
製薬・化粧品分野のM&Aについて相談するご依頼の可否・支援範囲は、利益相反等を確認した上で個別にご案内します。
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に関する法的助言ではありません。具体的な対応については、当事務所までご相談ください。記事の内容は最終更新日時点の法令等に基づいています。
