Crisis Management

退職した従業員による情報の持ち出しが疑われるとき

退職した従業員の転職先から自社の顧客に営業が入っている。退職の直前に、大量のファイルがダウンロードされた記録が見つかった。同業を立ち上げた元社員が、在職中の部下に声をかけているらしい。こうした形で、情報の持ち出しが疑われる場面があります。

ただし、転職先による営業や、従業員への勧誘があったというだけで、情報の持ち出しがあったと判断できるわけではありません。本人や周囲への確認を始める前に、記録が失われる可能性を確認します。貸与していた端末を初期化する、退職者のアカウントを削除する、ログの保存期間が過ぎるといったことが重なると、後から確認する手段が限られることがあります。順序としては、本人や周囲への確認より、記録の保全と、アクセスの停止その他の被害の拡大を防ぐ措置を先行させます。これらを進めながら、社外への報告・通知・開示の要否も並行して確認します。ただし、アカウントの停止や端末の操作によってログやデータが変わることもあるため、両者の進め方を調整する必要があります。

そのうえで、持ち出されたとされる情報が法的にどう位置づけられるか、どのような態様で持ち出されたのか、退職者との間にどのような取り決めがあったのかによって、取りうる手段は変わります。本ページでは、その分岐を整理します。

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まず確認すること

以下は、ご相談の際に分かる範囲で共有いただきたい事項です。事実関係が確定していない段階でも、ご相談いただけます。

  1. 何が持ち出された疑いがあるのか――顧客名簿、見積や原価の資料、設計図・仕様書、実験データ、ソースコード、人事情報など、対象となる情報の種類と範囲を確認します。個人情報が含まれるかどうかも、この段階で確認します。
  2. その情報が、持ち出しが疑われる当時、社内でどのように管理されていたか――アクセス権限の設定、パスワード、「社外秘」等の表示、保管場所、持出しの手続の有無を確認します。後から表示や誓約書を整えただけで、持ち出しの当時に営業秘密として管理されていたことになるわけではありません。不正競争防止法上の営業秘密として扱えるかどうかは、管理の実態が大きく関わるため、中心的な確認事項になります。
  3. 持ち出しが疑われる根拠と、判明した経緯――アクセスログ、メールの送信記録、外部記憶媒体の接続記録、クラウドストレージの同期記録、印刷の記録、顧客からの連絡など、疑いの根拠となった事実を確認します。
  4. 記録が上書き・削除されない状態になっているか――ログの保存期間、退職者に貸与していた端末やアカウントの現在の状態、バックアップの世代を確認します。端末の初期化や再貸与、アカウントの削除によって、確認に必要な記録が失われることがあります。
  5. 退職者との間で交わした書面――雇用契約書、就業規則、秘密保持に関する誓約書、退職時の誓約書の有無と、その条項の内容を確認します。競業避止に関する条項がある場合は、期間、地域、対象となる業務、代償措置の定めを確認します。
  6. 退職の経緯と、退職前後の事実――退職の申出から最終出社までの期間、担当していた業務と権限、引継ぎの状況、退職前後の顧客訪問、他の従業員の退職の有無を確認します。
  7. 現在生じている影響――取引の解約や失注、顧客からの問い合わせ、転職先による営業活動、公開されている情報など、把握している事実を確認します。
  8. 社外への報告・通知・開示が必要となる可能性――個人情報が含まれる場合には、漏えい等の報告と本人への通知の対象となる情報と事態に当たるかを確認します。マイナンバーを含む情報については、番号法に基づく報告と本人への通知の要否も確認します。委託を受けて取り扱っていた情報や、取引先から預かった情報については、委託元等への法令上・契約上の通知と、役割の分担もあわせて確認します。
    業種によっては、監督官庁への報告や届出が問題となることがあります。上場会社では取引所の規則に基づく開示が、有価証券報告書を提出する会社では臨時報告書の提出が問題となる場合もありますので、事業への影響とあわせて確認します。

確認できている記録を基に、事実関係の調査の進め方と、退職者・転職先への対応の順序を検討します。

ご相談いただけること記録・証跡の保全/社内調査の設計/営業秘密該当性の検討/退職者・転職先への対応/競業避止・引抜きの検討/差止め・損害賠償/再発防止のための管理の見直し

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目次
  1. 1 記録の保全と、被害拡大の防止
  2. 2 持ち出された情報が、法的にどう位置づけられるか
  3. 3 持ち出しの態様によって、枠組みが変わる
  4. 4 退職者への対応と、競業避止・引抜き
  5. 5 求める対応と手続を整理する
  6. よくあるご質問

1 記録の保全と、被害拡大の防止

社内で対応を取りまとめる担当者を決め、必要な範囲で法務・人事・情報システムの担当者と対応を調整します。いま残っている記録を確保することと、持ち出しや外部への送信が続いている場合にこれを止めることを、並行して進めながら、社外への報告の要否も確認します。

端末・アカウント・ログに手を触れる前に

退職者に貸与していたパソコンやスマートフォンについては、通常の利用、初期化、再貸与を止めます。遠隔からの消去や自動的な同期によって内容が変わることもあり、他方で電源を切ることで失われる情報もあるため、電源やネットワークの扱いを含め、どの状態で保全するかは、必要に応じて専門業者の判断を得て決めます。アカウントについても、削除するとログや保存されていたデータが消えることがあるため、削除ではなく停止にとどめられるかを確認します。

社内の担当者が確認のために操作すること自体が、記録を変えてしまうことがあります。

私用アカウントは別に扱い、保全した情報も閲覧の範囲を限る

会社が管理するアカウントと、退職者個人のアカウントは区別します。会社の貸与端末に保存された認証情報を用いて、退職者の私用のメールやクラウド上の領域にアクセスすることは、本人の同意その他の適法な根拠がない限り、別の問題を生じさせます。私物の端末を業務に用いていた場合も、会社の貸与端末と同じ扱いはできません。会社が管理する端末やアカウントについても、調査の目的と必要性に照らして、確認する対象・期間・情報の範囲を定め、私的な情報や調査に関係しない情報の取扱いに配慮します。保全のために確保する範囲と、内容を閲覧し利用する範囲は区別し、保全したデータにアクセスできる者も必要な範囲に限ります。

どの記録が、どれだけ残るか

アクセスログ、メールの送受信記録、外部記憶媒体の接続記録、クラウドストレージの同期記録、入退室の記録、印刷の記録は、それぞれ保存期間が異なります。多くは一定期間で上書きされるため、まず保存期間を確認し、対象となる期間の記録を別に保全します。なお、ダウンロードや外部記憶媒体の接続の記録があることと、社外への持ち出しがあったこととは、分けて確認します。端末を初期化し、または別の従業員に貸与し直していても、会社が利用するメールサービスや共有フォルダ、バックアップに関連する情報や記録が残っていることがあります。初期化の日時・方法と、その後の使用状況を記録し、端末内の復元の可否とは分けて、端末外に残る情報・記録の所在と保存期間を確認します。端末やログの調査、システム上の被害拡大の防止を伴う場合については、「サイバーセキュリティ・情報漏えいへの対応」もご覧ください。

記録の保全は、単に保存するだけでなく、いつ、誰が、どのように取得したのかを残しておく必要があります。後にその記録を根拠として主張する場面では、取得の経緯自体が問われることがあります。

顧客など社外から連絡があった場合には、連絡を受けた日時・相手・具体的な内容を記録し、関連するメールや資料の保存を依頼します。資料の提供を受ける場合には、相手方が負う秘密保持義務等を踏まえ、提供を受けられる範囲を確認します。社外への照会で伝える内容は確認に必要な範囲にとどめ、退職者や転職先の関与を未確認のまま断定しないようにします。

退職者や転職先が持っている資料など、後に証拠として用いることが困難になるおそれがあるものについては、裁判所による証拠保全を検討することがあります。これは、あらかじめ証拠調べを行うための手続であり、相手方の施設を広く調べたり、関係する資料を包括的に押さえたりする制度ではありません。自社が持っている端末やログの保全とは、分けて検討します。

聴取を始める前に、調査の設計を決める

在職している従業員への聴取を行う場合には、誰が、どの順序で、何を聞くのかを先に決めます。聴取の順序によっては、関係者の間で口裏が合わされる、あるいは記録が失われることがあります。

聴取にあたっては、調査の目的や、聴取を受ける人の立場を踏まえて、録音や記録の有無、話した内容をどの範囲で利用し共有するのかについて、どのような説明を行うかを事前に整理します。在職者に業務として協力を求める場合と、退職者に任意の協力を求める場合とは区別します。在職者についても、職務との関係や質問の必要性、他の確認方法の有無を踏まえて、協力を求める範囲を定めます。回答を拒んだことを理由に処分を検討する場合には、その質問に答える義務があったかどうかと、拒んだ理由を先に確認します。威圧的な聴取、長時間の拘束、事実と異なる供述への誘導は避け、健康状態への配慮や、同席者を認めるかどうかも事案に応じて検討します。なお、内容を外部に一切出さないと約束することは、後の懲戒、訴訟、当局への対応と矛盾しうるため、共有の範囲を必要な限度にとどめるという説明にします。社内調査の進め方については、「社内調査・不正調査への対応」で詳しく扱っています。

2 持ち出された情報が、法的にどう位置づけられるか

同じ「情報の持ち出し」でも、その情報が法的にどう位置づけられるかによって、主張の根拠が変わります。

営業秘密の三要件――秘密としての管理・有用性・非公知性

不正競争防止法上の営業秘密は、秘密として管理されていること、事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること、公然と知られていないことという要件を満たすものをいいます。実務上、争いになりやすいのは最初の要件です。

この要件は、情報にアクセスできる者を限定していたかどうかだけで決まるものではありません。経済産業省が示している考え方は、秘密として管理しようとする企業の意思が、具体的な措置によって従業員に対して明確に示され、従業員がそれを認識できる状態になっていたか、という観点から判断するというものです。したがって、確認するのは、表示、アクセス権限、保管の方法、持出しの手続、規程や誓約書といった措置が、実際にどのように運用されていたかということになります。

あわせて、業務を通じて身につけた一般的な知識・技能と、保護の対象となる具体的な情報とを区別します。もっとも、情報を記憶しているというだけで、営業秘密の保護の対象から外れるわけではありません。

営業秘密に当たらない場合

営業秘密の要件を満たさない情報についても、契約上の秘密保持義務、就業規則の定め、不法行為といった枠組みを検討できる場合があります。もっとも、営業秘密に当たらない情報を利用したという事実だけで、当然に不法行為が成立するわけではありません。自由な競争の範囲を超える態様であるか、契約に違反しているかといった点が別に問題になります。

秘密保持に関する定めについては、退職後にも義務が及ぶ形になっているか、対象となる情報と禁止される行為がどのように定められているか、その条項が有効といえるかを確認します。

また、営業秘密に当たらない情報であっても、業として特定の者に提供するために、電磁的方法によって相当量が蓄積され、管理されている技術上または営業上の情報は、限定提供データとして保護される場合があります。提供の相手方と条件、蓄積と管理の方法を確認します。

情報の種類と、検討する法的な枠組み

情報の例検討する枠組み確認する管理の実態
顧客名簿、取引条件、見積・原価の資料営業秘密。要件を満たさない場合は、契約上の秘密保持義務や就業規則の定め。アクセスできる者の範囲、持出しの手続、「社外秘」等の表示、退職時の誓約書。
設計図、仕様書、実験データ、製造条件営業秘密。資料に含まれる表現や、発明の実施との関係で、著作権・特許権が問題になることもあります。保管場所とアクセス権限、社外提供時の取決め、特許出願と権利の帰属に関する規程。
ソースコード、開発中のプログラム営業秘密のほか、著作物としての保護。委託開発の場合は契約上の権利の帰属。リポジトリの権限管理、持出しの記録、開発委託契約の定め。
社外に提供している商用データ限定提供データ。ただし、営業秘密に該当する情報は、営業秘密の枠組みで扱われます。秘密として管理していても営業秘密に該当しない情報が、限定提供データの要件を満たすことがあります。提供の相手方と条件、電磁的な管理の方法、提供実績。
顧客・従業員・応募者の個人情報個人情報保護法上の取扱い。個人データの漏えい等が法令で定める報告対象に当たる場合は、委員会への報告と本人への通知の要否。取得時の利用目的、保管と権限、安全管理措置の内容。
ひとつの案件で複数の枠組みが同時に問題になることが多く、どれか一つを選ぶという性質のものではありません。

技術情報や制作物について権利侵害が問題となる場合

持ち出された資料に著作物として保護される表現が含まれる場合や、その使用が自社の特許発明の実施に当たる場合には、著作権または特許権に基づく主張も検討されます。もっとも、技術情報を保有し、複製したというだけで、当然に特許権や著作権の侵害になるわけではありません。特許権が対象とするのは発明の実施であり、著作権が保護するのは創作的な表現だからです。なお、自社が知的財産権の侵害警告を受けた場合の対応については、「知的財産権の侵害警告への対応」をご覧ください。

3 持ち出しの態様によって、枠組みが変わる

営業秘密に当たるとしても、どのような経緯で持ち出されたかによって、当てはまる規定が変わります。ここは、事実関係の確認がそのまま結論に影響する部分です。

社内で閲覧・利用できる権限があることと、私物の端末等への保存や社外への提供が認められることとは別ですので、それぞれの範囲を分けて確認します。

権限を超えて取得された場合

本来アクセスできない領域に入り込んで取得した、他人のIDを用いた、退職後に残っていたアカウントを使ったといった場合には、不正な手段による取得として扱われる可能性があります。また、他人の認証情報を用いたアクセスなどについては、不正アクセス行為の禁止等に関する法律の問題にもなります。直ちに同法違反となるわけではなく、電気通信回線を通じた利用か、アクセス制御機能が設けられていたか、どのような方法でアクセスしたか、行為の態様に応じて、アクセス管理者または利用権者の承諾があったかを確認します。

業務のために示されていた情報を、退職後に使用・開示した場合

在職中に業務のために正当に示されていた情報を、退職後に使用し、または開示した場合も、不正競争として扱われることがあります。ただし、この類型については、条文上、不正の利益を得る目的または保有者に損害を加える目的があることが要件とされています。確認するのは、この目的があるかどうかと、使用または開示に当たる行為があったかどうかです。ここでいう開示には、秘密を保持しながら特定の相手に情報を示すことも含まれます。転職先に情報があるという事実だけで結論が出るものではありませんが、開示が問題となる場合に、転職先で実際に使用されたことまで必要になるわけではありません。

使用については、転職先での営業活動や製品開発の状況、こちらの顧客への接触の時期と方法、提示された条件などを確認します。開示については、メールの送信先と送信内容、共有リンクの設定などを確認します。

転職先が関与している場合

転職先が、不正な取得や不正な開示が介在したことを知りながら、または重大な過失によって知らずに取得した場合には、その取得自体のほか、その後の使用や開示も問題となることがあります。取得の時点では知らなかった場合でも、取得の後にこれを知り、または重大な過失によって知らないまま使用・開示したときには、同じく問題となることがあります。取得の時点と、取得の後とを分けて確認します。なお、取引によって取得した時点で、その営業秘密の開示が不正な開示に当たることや、不正な取得または不正な開示が介在したことを知らず、知らないことについて重大な過失がなかった者については、その取引によって取得した権原の範囲内で行う使用・開示に、差止めや損害賠償等の規定を適用しないこととされています。

また、営業秘密の不正な取得・使用・開示のほか、技術上の秘密を不正に使用する行為によって生じた物を譲渡し、または販売する行為も、別に問題となることがあります。もっとも、これらはいずれも営業秘密に関わる行為についてのものであり、転職先の取引一般を止められるということではありません。

転職先への警告は、根拠と要求の範囲を確認してから

転職先に対して警告の書面を送る場合には、確認できた事実と未確認の事項を分け、問題とする情報・行為と、求める対応を具体的に示します。根拠が不十分な内容や、権利の範囲を超える要求は、穏当な表現であっても責任の問題を生じさせることがあります。送付先を転職先の取引先等に広げたり、内容を公表したりする場合には、その必要性と内容を別に検討します。

刑事の枠組みが問題となる場合

営業秘密の侵害については罰則が定められていますが、民事上の不正競争に当たる行為の範囲と、刑事罰の対象となる行為の範囲は同一ではありません。刑事の枠組みについては、目的、行為の方法、在職中か退職後かという経緯、転得した者の認識などを踏まえ、問題となる行為が法律の定める類型に当たるかを確認します。退職後に情報を使用したという事実だけで、当然に犯罪が成立するものではありません。行為が法人の業務に関して行われた場合には、法人に対する罰則が問題となることもあります。

正当に営業秘密を示されていた場合であっても、不正の利益を得る目的または保有者に損害を加える目的で、その管理に係る任務に背いて複製を作成するなど、法律が定める方法で領得したときは、使用や開示の前の行為それ自体が処罰の対象となることがあります。

退職後の使用・開示を処罰する類型の一つでは、在職中に、営業秘密の管理に係る任務に背いて開示を申し込み、または使用・開示について請託を受けたことなどが要件とされています。これに当たらない場合も、領得や、その後の使用・開示などを対象とする別の類型に当たるかを確認します。

顧客名簿などについては、営業秘密に当たるかどうかとは別に、個人情報データベース等不正提供罪も検討します。退職者が、業務に関して取り扱った個人情報データベース等や、その全部または一部を複製し、または加工したものを、自己または第三者の不正な利益を図る目的で提供し、または盗用したかどうかを確認します。

会社の物品や金銭を伴う場合には、業務上横領その他の犯罪が問題となることもあります。被害届の提出や告訴を検討する場合には、社内での調査の進行や、民事上の請求との関係で、どの順序で進めるかを整理する必要があります。

4 退職者への対応と、競業避止・引抜き

情報の持ち出しとは別に、退職後の競業や、従業員への勧誘が問題となる場合があります。

退職後の競業避止条項が、どこまで根拠になるか

退職後に競業する行為そのものを制限するには、その旨の合意が必要になるのが通常です。もっとも、合意があれば当然にそのとおりの効力が認められるわけではありません。職業選択の自由との関係から、条項の有効性は事案ごとに判断されており、一般的に有効・無効を言えるものではありません。

判断にあたって考慮される要素としては、守るべき企業の利益があるか、対象となる従業員の地位、地域的な範囲、制限の期間、禁止される行為の範囲、代償措置の有無といったものが挙げられています。まず、こちらの誓約書や就業規則の条項がこれらの点をどう定めているかを確認することになります。

従業員の引抜きが問題となる場合

退職者が在職中の従業員に声をかけること自体が、直ちに問題となるわけではありません。勧誘の準備や実行が在職中から行われていた場合には、労働契約上の義務との関係も問題になります。退職後の勧誘についても、勧誘された従業員の人数や業務上の重要性、退職者の地位、秘密情報や従業員に関する情報の利用、虚偽の説明や威圧的な方法の有無、退職の時期と事業への影響などを踏まえて、自由な競争の範囲を超えるかどうかが判断されます。引抜きを制限する条項がある場合には、その内容と有効性も別に確認します。誰が、いつ、どのように声をかけたのかという事実の確認が中心になります。

退職者側から主張が返ってくる場合

退職者に対して対応を始めると、未払賃金、退職の経緯、退職金の取扱いといった点について、退職者側から主張が返ってくることがあります。持ち出しへの対応と、これらの労働関係の争点とは別のものですが、同じ交渉の中で扱われることもあります。もっとも、持ち出しの疑いがあることを理由に賃金の支払を留保したり、会社が損害賠償の請求額を一方的に賃金から差し引いたりする対応は避け、別に検討します。退職金の不支給・減額や支払の留保については、それぞれの根拠となる定めとその有効性、支払期日、対象となる事実を確認します。不支給や減額については、行為の重大性と、それまでの勤続の功労との関係も検討します。賃金や退職金など、関連する労働関係の争点についての使用者側の対応は、「労働関係紛争への対応」で扱っています。

5 求める対応と手続を整理する

求める対応を整理しながら、利用する手続とその順序を検討します。情報の使用や開示を伴う営業活動を止めたいのか、情報や記録媒体の廃棄・返還を求めたいのか、生じた損害の賠償を求めたいのかによって、必要な資料も、現実的な手段も変わります。複数の対応を組み合わせて検討する場合もあります。返還を求める場合には、所有権や契約など、別の根拠が必要になることがあります。また、廃棄や削除を先に求めると、持ち出しや使用の証拠が失われることがあります。使用・開示の停止、記録の保全、返還・削除のそれぞれについて、求める内容と順序を分けて検討します。

使用や開示をやめさせる

営業秘密に係る不正競争によって営業上の利益が侵害され、または侵害されるおそれがある場合には、差止めを求めることができるとされています。緊急を要する場合には、本案の訴訟とは別に、仮の地位を定める仮処分を申し立てることが検討されます。申立てにあたっては、対象となる情報と、禁止を求める行為を特定したうえで、差止めを求める権利があることと、著しい損害または急迫の危険を避けるために仮の措置が必要であることを、資料に基づいて示す必要があります。

仮処分では担保の提供を求められることがあり、その取戻しにも所定の手続が必要です。また、権利が存在しなかったことなどにより仮処分の執行が不当とされた場合には、故意・過失等の要件のもとで、相手方に生じた損害の賠償責任が問題となります。申立てにあたっては、根拠となる資料とあわせて、差止めを求める範囲と、相手方の事業に及ぼす影響も検討します。

なお、営業秘密の使用行為に対する差止請求には、特別な消滅時効の定めがあります。損害賠償についても、請求の根拠に応じて、適用される期間の制限と、その起算点を確認します。侵害や損害を知った時期、行為者を特定した時期、使用が始まった時期を整理します。

損害の賠償を求める

不正競争に基づいて損害賠償を求める場合には、まず、故意または過失があるか、不正競争によって営業上の利益が侵害されたか、その侵害によって損害が生じたかを確認します。そのうえで、損害額については、立証の負担を軽くするための規定が置かれています。契約に基づいて請求する場合には、義務の内容、その違反、帰責事由、損害と因果関係を別に検討します。

また、技術上の秘密のうち一定のものについては、その取得・保有・領得の経緯や、その後の生産等の行為が法律の定める要件を満たす場合に、不正な使用を推定する規定があります。対象と要件は限られており、顧客名簿のような営業上の情報には及びません。どの規定が使える場面かは、情報の内容と持ち出しの態様によって決まります。

再発防止に向けた管理の見直し

調査で判明した問題に応じて、対応の途中からでも、退職時の手続、アクセス権限の設計、ログの保存期間、誓約書の内容を見直します。持ち出しが起きた経緯をたどると、権限が残ったままになっていた、退職の申出から最終出社までの間の扱いが決まっていなかったといった運用上の問題が見つかることがあります。

情報の取扱いに関する社内のルールを現場に共有する方法としては社内研修サービスを、規程や運用の見直しを継続的に行う場合には顧問サービスをご利用いただけます。

よくあるご質問

疑いの段階で、まだ確証がありません。相談してよいですか。

確証がない段階でも、ご相談いただけます。記録の保存状況と、持ち出しや外部への送信が続いていないかを確認します。何が残っていて、どれだけの期間で消えるのかを踏まえて、記録の保全と被害の拡大を防ぐ措置の進め方を整理します。

本人に直接確認してもよいですか。

確認の順序を決めてからにされることをお勧めします。本人に伝わった時点で、端末やクラウド上のデータが消されることがあります。先に記録を保全し、何を聞くのか、誰が聞くのか、記録をどう残すのかを決めたうえで行うほうが、後の対応の幅が残ります。

「社外秘」の表示をしていませんでした。営業秘密として主張できませんか。

表示がないことだけで結論が決まるものではありません。秘密として管理しようとする意思が、従業員に対して具体的な措置によって示されていたかという観点から判断されるため、アクセス権限の設定、保管の方法、持出しの手続、規程や誓約書といった他の措置とあわせて検討します。どのような措置が実際に運用されていたかを確認するところから始めます。

退職時に誓約書を取っていません。何も主張できませんか。

退職時の誓約書がないことだけで、主張ができなくなるわけではありません。雇用契約書、入社時の誓約書、就業規則、不正競争防止法上の営業秘密、不法行為など、利用できる根拠を確認します。退職後の競業そのものを制限するには、通常は契約上の根拠が必要になりますが、その根拠があるかどうかや条項の有効性は、退職時の誓約書だけでなく、関係する契約書や就業規則、制限の内容を踏まえて判断されます。

転職先に警告の書面を送りたいのですが。

送る前に、こちらの主張の根拠と、求める対応を整理しておく必要があります。根拠が十分でないまま強い表現の書面を送ると、こちらが責任を問われる場面もあり、業界内での関係にも影響します。どの段階で、誰に対して、何を求めるのかを決めたうえで進めます。

持ち出された情報に顧客や従業員の個人データが含まれています。どのような対応が必要ですか。

まず、対象が個人データに当たるかを確認します。紙の名簿や、データベースから印刷した資料に含まれる情報も、個人データに当たることがあります。不正の目的をもって行われたおそれがある自社に対する行為による漏えい等については、自社が取得し、または取得しようとしている個人情報で、個人データとして取り扱うことが予定されているものも、あわせて確認します。ここでいう自社に対する行為には、個人データの取扱いを委託している先や、その取扱いのために利用しているサービスの提供者に対する行為も含まれます。そのうえで、漏えい等が発生し、またはそのおそれがあるかを確認します。

次に、要配慮個人情報を含む場合、個人データが不正に利用されることにより本人に財産的被害が生じるおそれがある場合、不正の目的をもって行われたおそれのある行為による場合、対象となる本人の数が1,000人を超える場合など、法令で定める報告の対象となる事態に当たるかを検討します。退職者による不正な持ち出しが疑われる事案は、対象となる本人の数が1,000人以下であっても、報告の対象となりうるものです。高度な暗号化等の措置による除外の適用も確認しますが、通常のパスワードを設定していたというだけで除外されるわけではありません。

個人情報保護委員会への報告と、本人への通知は別の義務ですので、それぞれの要否と時期を確認します。ここでいう本人は、漏えい等の対象となった情報によって識別される顧客・従業員等を指します。対象となる業務や情報に応じて、報告先が個人情報保護委員会か、権限の委任先の省庁等かも確認します。報告の対象となる事態を社内で把握した時期を確認し、報告が必要な場合には、調査の終了や社内の最終的な判断を待たず、その時点で把握している事項を速やかに報告します。報告では、確認できた事実と未確認の事項を区別し、速報だけでなく確報の期限も確認します。後に判明した内容は補足して報告します。あわせて、拡散を止めるための措置と、範囲を確定するための調査を進めます。

委託を受けて取り扱っていたデータについては、法令に従って委託元に通知した場合の取扱い、委員会への報告と本人への通知の分担、契約上の通知義務を確認します。

本ページは、退職者による情報の持ち出しが疑われる場合の一般的な法律上の論点を整理したものであり、個別の事案についての法的助言ではありません。法令その他の取扱いは変更されることがあり、結論は事案ごとの事実関係によって異なります。実際の対応にあたっては、その時点の法令等と、社内の管理の実態を確認する必要があります。

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退職の時期、持ち出しが疑われる情報の種類、判明した経緯と、現在確認できている記録を、分かる範囲でお知らせください。事実関係が確定していない段階でもご相談いただけます。

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本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に関する法的助言ではありません。具体的な対応については、当事務所までご相談ください。記事の内容は最終更新日時点の法令等に基づいています。