M&A & Business Succession

M&A後の売主の競業・引抜きへの対応

M&Aの後に、売主が競合事業を始めたり、対象会社の顧客・従業員を勧誘したりして、契約上の義務や損害賠償を巡る争いが生じることがあります。

競業や勧誘が制限される範囲は、取引の方法、契約条項、具体的な行為によって異なります。

当事務所は、競業・勧誘行為の差止めや損害賠償請求、警告・請求を受けた場合の対応を支援します。

最終更新日:

まず確認すること

以下は、ご相談の際に分かる範囲で共有いただきたい事項です。未定の事項がある段階や、資料がそろっていない段階でもご相談いただけます。

  1. 取引の方法と契約――株式譲渡か事業譲渡かを確認し、競業避止・勧誘禁止に関する条項の有無と範囲を確認します。
  2. 売主の現在の立場――売却後も役員や従業員として残っているか、いつ退任・退職したかを確認します。
  3. 事実関係――取引が終了した顧客、退職した従業員の移籍先、売主が関与する会社の設立時期・事業目的・役員構成を整理します。
  4. 情報の持出しの有無――顧客名簿や取引条件に関する資料が持ち出された疑いがあるかを確認します。

事実の確認と並行して、契約上の請求によるのか、法律上の請求によるのかを整理します。

ご相談いただけること契約条項の確認/事実関係の調査/警告書・通知書の作成/差止め・仮処分の検討/損害賠償請求/警告・請求を受けた場合の対応

お問い合わせフォームへ
目次
  1. 1 競業・引抜きが疑われたとき
  2. 2 株式譲渡・事業譲渡と競業避止義務
  3. 3 競業・勧誘禁止条項の範囲と有効性
  4. 4 顧客・従業員への勧誘と秘密情報の利用
  5. 5 差止め・損害賠償と紛争対応
  6. よくあるご質問

1 競業・引抜きが疑われたとき

買収した会社の主要な取引先が相次いで契約を終了した、現場を担っていた従業員が短期間に複数退職した、売主が同じ事業を行う会社を設立したという情報が入った。こうした事情から、売主の競業や引抜きが問題となることがあります。

最初に行うのは、事実の確認です。いつ、どの顧客との取引が終了したのか、その顧客が現在どこと取引しているのか、退職した従業員はどこに移ったのか、売主が関与する新しい会社があるとして、その設立時期、事業目的、役員構成はどうなっているのか。法人の登記や公表されている情報から確認できる事項も少なくありません。

並行して、契約上の根拠を確認します。株式譲渡契約や事業譲渡契約に競業を禁止する条項、顧客や従業員の勧誘を禁止する条項が置かれているか、その対象、期間、地域はどのように定められているか。売主が売却後も対象会社の役員や従業員として残っていた場合には、その地位に伴う契約や就業規則の定めも確認します。秘密保持に関する契約がある場合には、対象となる情報の範囲を確認します。

証拠の確保は早い段階で行う必要があります。顧客とのやり取りの記録、退職者が使用していた端末やアカウントのログ、社内システムからのデータの出力履歴などは、時間の経過とともに失われます。対象会社の情報システムを調査する場合には、従業員のプライバシーや労務上の配慮も必要になりますので、進め方を検討したうえで着手します。調査の手順については、社内調査・内部通報対応も併せてご覧ください。

2 株式譲渡・事業譲渡と競業避止義務

制限の根拠を考えるうえで、取引の方法による違いは大きな意味を持ちます。

事業譲渡の方法が採られた場合、法律上、事業を譲渡した会社は、当事者に別段の意思表示がない限り、同一の市町村の区域内およびこれに隣接する市町村の区域内において、譲渡の日から二十年間は、同一の事業を行ってはならないとされています。ここでいう市町村には特別区が含まれ、政令で指定された都市では区または総合区が単位とされています。当事者が同一の事業を行わない旨の特約をした場合については、譲渡の日から三十年の期間内に限り効力を有するとされています。さらに、これらとは別に、不正の競争の目的をもって同一の事業を行うことは許されないとされています。商人が営業を譲渡した場合についても、同趣旨の規定があります。

これらは事業譲渡・営業譲渡について定められた規律です。三十年という期間の上限が、株式譲渡契約における競業禁止条項や、退職者との間の競業避止の合意について、そのまま有効性の基準になるわけではありません。

これに対し、株式譲渡の方法が採られた場合、事業を行う主体である対象会社そのものは変わりません。そのため、事業譲渡について定められたこれらの規定が当然に適用されるわけではありません。株式を譲渡した売主が競業を制限されるかどうかは、契約にどのような定めが置かれているかによるのが基本になります。契約に競業を禁止する条項がない場合、売主の競業を制限することは容易ではありません。

売主が個人で、売却後も対象会社の取締役として在任している場合には、会社法上、取締役が自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、株主総会または取締役会において重要な事実を開示して承認を受けなければならないとされており、この規律が及びます。もっとも、退任した後については、この規律が当然に及ぶわけではありません。

3 競業・勧誘禁止条項の範囲と有効性

契約に条項が置かれている場合、次に検討するのは、その条項が問題となっている行為を捉えているかです。

確認するのは、制限の対象となる事業の範囲、地域、期間、そして誰が義務を負うのかという点です。ここでは、二つの場合を区別する必要があります。一つは、売主が支配する法人や売主の親族自身が契約の当事者となり、競業をしない義務を負っている場合です。もう一つは、売主だけが当事者であり、「自ら行うか第三者を通じて行うかを問わず」といった形で、売主が第三者を用いて競業しない義務を負っている場合です。前者であれば当該法人や親族に対して直接請求することが考えられますが、後者では、義務を負っているのはあくまで売主であり、契約の当事者でない法人や親族が、売主の契約だけで当然に競業避止義務を負うことにはなりません。売主が新会社の役員に就いていない場合でも、出資者として関与している、顧問として関与しているといった事情を、売主自身の義務違反として評価できるかを検討することになります。

条項の効力そのものが争われることもあります。この点について、退職した従業員の競業を制限する場合と、事業を売却した売主を制限する場合とを同列に論じることはできません。売主は、事業の価値に対応する対価を受け取ったうえで、その価値を維持するために制限を受け入れたという関係にあるためです。もっとも、対価の水準、制限の範囲と期間、売主が受ける不利益の程度によっては、条項の効力や適用範囲が問題となり得ます。期間や地域の定めだけを見て、一律に有効・無効を判断できるものではありません。なお、売主が対象会社の従業員としても残っている場合には、売主としての立場に基づく制限と、従業員としての立場に基づく制限とは、分けて検討します。

違約金や損害賠償の予定に関する定めが置かれている場合には、それが損害賠償の額をあらかじめ定めたものなのか、違約罰として実損の賠償とは別に定められたものなのかを確認します。この位置付けによって、実際に生じた損害の立証が必要かどうか、定めた額を超える損害を別に請求できるかどうかが変わります。実際の損害が定めた額より小さいというだけで、当然に減額されるという関係にもありません。

4 顧客・従業員への勧誘と秘密情報の利用

顧客の勧誘については、何をもって「勧誘」とするかが争点になります。売主の側から積極的に働きかけた場合と、顧客の側から連絡があり、これに応じた場合とでは、評価が異なり得ます。条項が、積極的な働きかけのみを禁じているのか、結果として取引を行うこと自体を禁じているのかを確認する必要があります。

従業員については、転職の自由があることが前提になります。もっとも、条項が何を禁じているかによって、検討すべき事項が変わります。勧誘を禁止する条項であれば、従業員が自らの判断で退職し、売主の会社に移ったという事実だけで義務違反があったと当然に評価されるわけではなく、争点になるのは売主の側からの働きかけの有無と態様です。これに対し、採用や雇用そのものを制限する条項が置かれている場合には、積極的な勧誘がなかったとしても、その条項の適用範囲と有効性を別に検討する必要があります。広く一般に行われた求人に応募した場合を除外する定めが置かれていることもあります。

情報の持出しがある場合には、二つの枠組みを分けて考えます。一つは、契約上の秘密保持義務の違反です。この場合、対象となる情報が契約上どのように定義されているかが出発点になります。もう一つは、不正競争防止法上の営業秘密に関する規律です。同法にいう営業秘密は、秘密として管理されていること、事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること、公然と知られていないことを満たすものとされています。契約で秘密情報と定義されていれば、そのすべてが同法上の営業秘密に当たるというわけではありません。

同法による場合、情報が営業秘密に当たるというだけでは足りず、法律が定める行為の類型に当たるかを別に確認する必要があります。窃取などの不正な手段によって取得した場合、保有者から示された営業秘密を不正な利益を得る目的などで使用または開示した場合、不正な取得や開示があったことを知りながら取得した場合など、類型ごとに、取得・使用・開示のどの行為があったのか、行為者にどのような目的や認識があったのかが要件とされています。売主が在任中に正当に知り得た情報を退任後に用いたという事案では、どの類型に当たると主張するのかを特定しなければ、検討が進みません。

該当する類型があるとされた場合、不正競争によって営業上の利益を侵害され、または侵害されるおそれがある者は、侵害の停止または予防を請求することができるとされ、故意または過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、生じた損害を賠償する責任を負うとされています。損害額の推定に関する規定も置かれていますが、これも行為の類型や条項ごとに適用の前提が定められていますので、営業秘密が関係する事案であれば当然に用いられるというものではありません。営業秘密に関する規定による使用の差止請求権は、使用が継続している場合に、保有者が営業上の利益の侵害またはそのおそれと行為者を知ってから三年間行使しないときは、時効により消滅するものとされています。使用の開始から二十年が経過した場合も同様です。この時効によって権利が消滅した後の使用による損害については、この規定による賠償を請求できないものとされています。持出しや使用の疑いを把握した時点からの時間の管理は、契約上の請求とは別に意識しておく必要があります。どの枠組みによるかで、主張・立証すべき事実が変わりますので、事案に即して選択します。

5 差止め・損害賠償と紛争対応

対応の手段としては、警告書の送付、行為の差止めを求める手続、損害賠償の請求が考えられます。手段を選ぶ前に確認しておきたいのが、誰が、どの根拠で請求するのかという点です。株式譲渡契約の競業禁止条項に基づく権利を持つのは、通常、契約の当事者である買主です。これに対し、事業譲渡について法律が定める競業避止義務や、不正競争防止法に基づく請求では、請求できる主体が異なります。後者では、営業上の利益を侵害された者、すなわち対象会社が主体となる場面が多くなります。買主と対象会社のどちらの名で、どの根拠によって請求するのかを整理しないまま進めると、手続の途中で構成の変更を迫られることがあります。

警告書を送る場合には、事実関係の裏付けをどこまで得ているかを確認したうえで、記載の内容を検討します。根拠が乏しい段階で広範な主張を行うと、相手方から、取引を妨害された、信用を毀損されたという主張を受けることがあります。相手方の取引先に対して通知を行う場合には、とくに慎重な検討が必要です。

差止めを求める場合、事案によっては仮の措置を求めることになります。競業や勧誘の停止を求める仮処分は、争いのある権利関係について仮の地位を定めるものとして扱われ、法律上は、債権者に生ずる著しい損害または急迫の危険を避けるためにこれを必要とするときに発することができるとされています。申立てにあたっては、保全すべき権利と保全の必要性のいずれについても疎明が求められ、原則として、口頭弁論または相手方が立ち会うことができる審尋の期日を経る必要があるとされています。また、担保の提供を求められる場合があるため、そのための資金も含めて検討します。制限の期間が短い場合には、手続に要する時間との関係も考慮します。

損害賠償については、立証の難しさが実際上の課題になります。顧客が離れた原因が競業行為にあるといえるか、離反した取引から得られたはずの利益をどのように算定するかを、資料に基づいて示す必要があります。損害賠償の額をあらかじめ定める条項がある場合や、営業秘密に関する規定のうち損害額の推定に関する定めを用いることができる場合には、立証の負担が軽くなることがあります。また、売主が対象会社の取締役として在任中に、必要な承認を受けずに会社の事業の部類に属する取引を行ったと評価できる場合には、取締役または第三者がその取引によって得た利益の額を損害の額と推定する定めが用いられることもあります。ただし、この責任は会社に対して負うものとされていますので、請求の主体は対象会社になります。これらはいずれも適用の前提が定められていますので、事案がそれに当たるかを確認する必要があります。

警告や請求を受けた側の対応も、出発点は同じです。条項の対象に自らの行為が含まれるか、制限の期間が経過していないか、名宛人に当たるか、行為として何が禁じられているかを確認します。事業を継続しながら対応する必要がある場合には、暫定的にどこまでの活動を控えるかという判断も求められます。

株式譲渡契約の補償に関する条項が、表明保証の違反だけでなく、誓約事項や競業禁止条項の違反にも及ぶ形で定められている場合には、補償の枠組みによる請求も検討することになります。その場合には、通知の手続や責任制限の定めが適用されるかどうかを条項に即して確認します。表明保証の違反について定められた上限や通知の期限が、競業禁止条項の違反にも当然に適用されるわけではありません。補償の枠組みについては、M&Aの表明保証違反と補償請求で扱っています。従業員の退職や処遇そのものが問題となる場合には、労働紛争への対応も併せてご覧ください。

よくあるご質問

Q1 契約に競業禁止の条項がなくても、売主の競業を制限できますか。

取引の方法によります。事業譲渡の方法が採られた場合には、法律上、譲渡会社に一定の競業避止義務が課される仕組みがあり、同一および隣接の市町村(特別区を含み、政令で指定された都市では区または総合区)の区域内で、譲渡の日から二十年間という範囲が定められています。株式譲渡の場合には、これらの規定が当然に適用されるわけではなく、契約に定めがなければ制限は容易ではありません。売主が対象会社の取締役として在任している間は、会社法上の規律が及びます。

Q2 売主が別の会社を通じて競合事業に関与している場合はどうなりますか。

まず、その会社自身が契約の当事者として義務を負っているのか、売主だけが当事者であり、第三者を通じて競業しないという形で義務を負っているのかを確認します。後者の場合、当該会社が契約上の義務を負うわけではありませんので、売主自身の義務違反として構成できるかを検討することになります。売主が出資者や顧問として関与するにとどまる場合の扱いも、この観点から検討します。

Q3 顧客からの問い合わせに応じることも、勧誘禁止に抵触しますか。

条項が何を禁じているかによります。積極的な働きかけのみを禁じる定めであれば、顧客の側から連絡があった場合の扱いは異なり得ます。取引を行うこと自体を禁じる定めであれば、また評価が変わります。

Q4 従業員が自ら退職・転職した場合も、引抜きとして問題になりますか。

条項が何を禁じているかによります。勧誘を禁止する条項であれば、従業員には転職の自由がありますので、自らの判断で退職したという事実だけで売主の義務違反があったと当然に評価されるわけではなく、売主の側からの働きかけの有無と態様が争点になります。これに対し、採用や雇用そのものを制限する条項が置かれている場合には、勧誘の有無とは別に、その適用範囲と有効性を検討することになります。

Q5 競業・引抜きを理由とする警告書を受けました。何を確認すべきですか。

まず、相手方が誰の立場で、どの根拠によって請求しているのかを確認します。契約上の条項によるのか、法律上の競業避止義務によるのか、営業秘密に関する規律によるのかで、要件も請求できる主体も異なります。そのうえで、条項の対象、期間、義務を負う者、禁じられている行為の範囲に自らの行為が含まれるかを確認します。併せて、指摘されている事実が実際にあったのか、情報の持出しがあったと主張されている場合にはその根拠は何かを確認します。事業への影響が大きい場合には、暫定的な対応も含めて早期にご相談ください。

Contact

売主の競業・引抜きにお困りの方・警告を受けた方へ

当事務所は、売主の競業・引抜きを巡る紛争について、関係資料と事実経過を確認し、契約・法令に基づく権利義務や対応方針の検討を支援します。ご依頼の範囲に応じて、相手方との交渉、裁判手続等への対応、必要な専門家との連携を行います。ご相談の際は、現在の状況、相手方からの通知の有無、把握している期限などを、分かる範囲でお問い合わせフォームからお知らせください。資料がそろっていない段階でもご相談いただけます。

競業・引抜きについて相談する

ご依頼の可否・支援範囲は、利益相反等を確認した上で個別にご案内します。

本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に関する法的助言ではありません。具体的な対応については、当事務所までご相談ください。記事の内容は最終更新日時点の法令等に基づいています。