Intellectual Property

会社が使っている特許・商標が社長個人の名義だった――承継の前に決めること

事業承継や会社売却の準備で、会社が使う特許・商標が社長個人の名義だと分かることがあります。買い取るかを決める前に、取得の経緯と、会社が使える根拠を確かめます。そのうえで、許諾先や権利の維持など、承継後に会社で判断したい事項を整理し、権利を取得するか、個人に残して利用を確保するかを検討します。

監修:吉川 景司(弁護士・弁理士/第一東京弁護士会)

最終更新日:
目次
  1. 1 帰属と、現在の使用根拠の確認
  2. 2 権利者の相続・譲渡で何が変わるか
  3. 3 移転と許諾の選択
  4. 4 対価と、会社の承認
  5. 5 実行の時期と、相続前に交わす書面

1 帰属と、現在の使用根拠の確認

最初に確かめるのは、登録上の名義と、そこに至る権利取得の経緯です。特許では、誰がいつ発明し、当時どのような職務に就いていたか、会社が権利を取得する旨の規程や合意があったか、その内容と履行状況を確認します。社長から新たに権利を買い受ける話なのか、既存の合意に基づく履行を求める話なのかで、検討する対価も書面も変わります。 商標についても、出願と取得の経緯、その後の譲渡があったかを確認します。

権利の帰属とは別に、会社が現在どういう根拠で使っているかを確認します。明示の許諾があれば、対象、期間、終了条件を確認します。契約書がない場合も、口頭での合意の有無や、メール、支払の記録、利用についてのやり取りから、明示又は黙示の許諾が成立していたか、その範囲はどこまでかを検討します。

特許については、職務発明にあたる場合に、使用者等が法律上の通常実施権を持つ仕組みがあります。ここでいう従業者等には法人の役員が含まれます。商標では、同じ前提に立てません。会社が使ってきたというだけで、職務発明と同様の権利が当然に生じるわけではありません。

2 権利者の相続・譲渡で何が変わるか

相続人は、原則として、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します。生前に有効な使用許諾が成立していて、死亡によって終了する定めなどがなければ、権利者が相続人に代わったというだけで、既存の許諾が失われるわけではありません。 問題は別のところにあります。

一つは、権利が共同相続人の共有になった場合です。共有者間で別段の合意がなければ、各共有者は、他の共有者の同意を得ずに自ら実施・使用できます。後継者個人が持分を相続しても、それだけで会社の実施・使用が認められるわけではありません。 既存の許諾や法定の通常実施権があれば、それが会社の利用根拠になります。他方、新たに会社へ許諾する場合や、改めて許諾期間・範囲を広げる場合には、その権利の共有者全員の同意が必要になります。既存契約に基づく自動更新などとは分けて確認します。

もう一つは、既存の許諾の成立と内容を証明できるかです。書面がなければ、相続人に対してその範囲を説明することになります。

第三者への譲渡は、これとは別の問題です。 特許の通常実施権は、その発生後に特許権を取得した者に対しても効力を持ちます。商標の通常使用権は、登録をしたときに、その後に商標権を取得した者に対して効力を生じます。許諾の範囲や終了が争いになる場面は、知財ライセンス契約の紛争で扱っています。

3 移転と許諾の選択

会社が使えることと、許諾先や権利の維持・処分、事業売却に伴う処理を会社で決められることは違います。会社に通常実施権があるだけでは、社長による第三者への許諾を当然には阻止できません。また、通常実施権自体に基づく差止請求はできず、契約で「独占的」と定めても、それだけで差止請求権は生じません。 取得によって増える権限のうち何が自社に必要か、その必要性を許諾条件の整備でも満たせるかを、表に沿って検討します。

表:会社が権利を取得する場合と、個人に残して会社の利用を確保する場合

判断事項会社が権利を取得する個人に残して会社の利用を確保する
会社の利用権利者として実施・使用する法律又は契約で認められる範囲で実施・使用する
許諾先・侵害対応新たな許諾や差止請求を自ら判断する第三者への許諾制限や、侵害対応への協力を定める
権利の維持・処分権利者として維持・放棄・譲渡を判断する維持の責任分担と、放棄・譲渡時の取扱いを定める
社長の相続権利自体は社長個人の相続財産に入らない既存の許諾関係は原則承継される。共有後の新たな許諾等には共有者の同意が必要になる
対価・会社の承認既存の利用権と追加取得する利益を踏まえ、譲渡対価と必要な承認を検討する使用料の有無・条件、追加で確保する利益と必要な承認を検討する
承継・売却の実行権利取得と株式・事業の承継の時期を調整する利用の継続、利用権の移転条件、第三者への対抗力を確認する

※ 利用を確保する案は、通常実施権・通常使用権を前提としています。専用実施権・専用使用権では権限が異なります。また、会社が取得しても、既存の第三者の権利や契約による制約が残ることがあります。

4 対価と、会社の承認

社長個人から会社への譲渡や有償の許諾では、会社が何を得て、何に対価を払うのかを明確にします。既に会社が持つ実施・使用権、対象権利の範囲や存続期間、第三者への許諾の有無を確認し、取得と許諾継続のどちらを選ぶか、その理由と算定の前提を記録します。許諾では、独占性、期間、終了条件なども評価の前提です。職務発明に係る権利の取得では、適用される法令と規程・合意に基づく対価・利益の取扱いも確認します。 評価や税務の専門家にも、この権利関係と条件を共有します。

取締役である社長と株式会社との利益相反取引には、原則として、重要な事実を開示したうえで、取締役会設置会社では取締役会、それ以外では株主総会の事前承認が必要です。取締役会では当該社長は議決に加わらず、取引後には取締役会に重要な事実を遅滞なく報告します。 契約書と承認の議事録に加え、算定資料や比較検討の記録を残します。承認を得たことだけで、対価の合理性が確保されるわけではありません。

5 実行の時期と、相続前に交わす書面

株式の承継・売却だけで、会社への許諾が当然に終了するわけではありません。ただし、株主構成の変更について、許諾の終了や事前承諾を定めている場合は、今回の承継が該当するかを確認します。必要な条件変更や承諾は、承継の実行前に整えます。法定の通常実施権がある特許については、契約上の許諾の終了と、その法定の権利の存否を分けて検討します。

事業譲渡で利用主体が別会社に変わる場合、特許の通常実施権は実施の事業とともに移転できる場合があります。一方、商標の通常使用権を事業譲渡に伴って移すには、商標権者の承諾が必要です。 契約上の承諾条件もあわせて確認します。

実行の時期は、相続の前、というだけでは決まりません。株式の承継や売却だけでは、社長個人の権利は会社へ移りません。 経営の交代やM&Aの実行時に、会社がどの権利を確保している必要があるかを決め、その時点に合わせて処理します。譲渡によって特許権・商標権を会社に移す場合は、移転登録によって権利移転の効力が生じることも踏まえて日程を組みます。株式の名義が実態と合っていない場合の整理は、名義株・株式の持ち主を巡る紛争で扱っています。

交わす書面は、選んだ案によって変わります。移転案であれば、対象権利、対価、実行時期、必要な会社の承認。許諾案であれば、対象範囲、期間、終了条件、対価、権利の維持と侵害対応の分担。個人に残す場合は、権利の承継先について遺言等との整合も確認します。会社に使わせる商標については、表示や品質管理の責任分担も定めます。

移転するか、個人に残して利用を確保するかは、会社に必要な権限、対価、承認の手続、承継の日程を併せて見なければ決められません。当事務所では、権利の帰属と使用根拠の調査、移転・許諾の条件と対価の検討、会社の承認手続と契約書の作成について、個別のご相談をお受けしています。

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