Crisis Management
患者・家族から暴力・脅迫を受けたとき――職員の安全確保と診療継続
患者・家族による暴力や具体的な脅し、長時間の拘束、執拗な架電があれば、職員と周囲の患者の安全を確保し、必要な医療を誰が、どの体制で担うかを病院として判断する必要があります。強い苦情や医療事故への疑問だけで問題行為として扱わず、訴えの内容と具体的な言動を分けることが出発点です。
監修:吉川 景司(弁護士・弁理士/第一東京弁護士会)
目次
1 職員の退避と、病院としての医療確保を並行する
現に危険がある場面では、退避や応援要請、警備・警察への連絡を優先します。言動の原因や障害の有無の確認、交代要員の到着、院内承認の完了を、被害職員の退避の条件にしません。周囲の患者・来院者も保護し、事件・事故の緊急通報には110番を利用し、緊急でない相談は警察署や#9110に連絡します。
同時に、病院側では医師が患者の状態を評価し、安全な方法・体制を調整しながら必要な観察・処置を進めます。診療関係の終了を検討したり転院を調整したりする場合も、これと並行して行います。現場の安全対応、医学的評価、病院としての連絡・決定の担当を分け、個々の職員に危険な応対を続けさせることで医療を維持しようとしないことが重要です。
2 誰の言動か、病状や必要な配慮との関係を確認する
患者本人の言動と家族の言動を分け、何をされたのか、診療がどう妨げられたのかを具体的に把握します。せん妄や認知機能の低下などとの関係は医療者が評価し、診断名や属性だけで危険と決めません。一時的な病状が、そのまま障害者差別解消法上の障害に当たるわけでもありません。
同法上、行政機関等・事業者には、障害者から社会的障壁の除去を必要とする意思の表明があり、負担が過重でない場合、必要かつ合理的な配慮を行う義務があります。負担が過重かどうかは、診療への影響、実施可能性、費用、病院の規模・財務状況などを踏まえ、個別に判断します。筆談や図を使った説明など、本人の意向に応じた方法を具体化します。障害の特性等により本人からの意思の表明が困難な場合には、家族等が本人を補佐して配慮の必要性を伝えることも、ここでいう意思の表明に含まれます。
意思の表明が難しく、支援者がいないなどのため申出がない場合でも、必要性が明白なら対話を働きかけることが医療関係事業者向けの指針で推奨されています。この自主的な働きかけと、法定の要件を満たす場合の配慮の実施義務は区別します。
3 何を止め、患者のどの医療・支援が失われるか
「対応を断る」という一括した判断では、電話を終えることと治療を終えることが混ざります。制限の対象と、それによって失われる医療・支援を対応させて確認します。
制限・終了する対象と確認事項
| 検討する措置 | 確認すること |
|---|---|
| 面談・電話の終了、窓口・連絡方法の変更 | 変更後も、患者等が実際に利用でき、職員も安全に必要な診療連絡や苦情・虐待申告を受けられる経路が残るか。予約変更や結果説明の経路変更で、必要な受診・処方・説明が遅れたり途切れたりしないか。影響があれば、その医療の実施方法・時期も併せて検討する。 |
| 家族の面会・立入り等の制限 | 必要性・範囲・期間、本人の希望、意思疎通支援の代替状況と残る不足を確認する。家族への制限を本人の診療終了へ直結させない。 |
| 診療の求めに応じない判断 | 緊急性・診療可能性・代替医療と、進行中・予定された診療(処方継続・結果説明等)への影響を確認する。継続中の医療を止める場合は「継続診療・入院関係の終了」も確認する。 |
| 継続診療・入院関係の終了 | 終了の範囲・根拠、時期・引継ぎ、終了後の対応を確認する。紹介状・通知・警告書の交付、予告期間の設定、入院規則への同意だけで終了を正当化しない。 |
この表は法令上の網羅的な分類や対応の順序を示すものではありません。一つの場面で複数の項目を確認します。連絡方法の変更や診療への影響が、直ちに診療関係の終了を意味するわけではありません。受付の「新患・再来」の表示を変えて継続中の診療を新規扱いしたり、一度の受診歴だけで無期限の継続関係と扱ったりせず、診療経過・合意内容と未了の対応を確かめます。
例えば、問題言動のない入院患者について、説明の理解や希望の伝達を支えていた家族が暴力を振るい、代わる支援者もいない場面を考えます。家族の立入りを制限すると、患者が治療の説明を理解し、自分の意思を伝える機会や、退院後の生活を相談する機会も失われかねません。職員による意思疎通の補助、家族との連絡方法の変更、退院支援担当者との連携などにより必要な支援を実施し、代替できた部分と残る不足を確かめます。医療への影響と具体的な危険を踏まえ、制限の範囲・方法・期間と支援方法を見直します。危険な家族を戻すことを、当然の解決とはしません。
家族から職員による虐待の申告もあった場合は、職員に危険な応対を続けさせずに、申告を受け付けます。暴力を理由に申告内容を否定せず、申告を受け付けたことだけで虐待と認定することもしません。申告に現在の危険を示す情報があれば、直ちに患者の保護に反映します。患者保護・院内調査・行政対応の詳細は、別稿「職員による患者への虐待が疑われるとき――患者保護・院内調査・行政対応」で扱います。
4 終了する範囲・根拠・時期を検討する
診療に従事する医師は、正当な事由なく診察治療の求めを拒めません。この応招義務と、病院が患者との契約に基づき負う義務は別の問題です。厚生労働省の2019年通知も、医師個人の応招義務と医療機関の責務を分け、診療の求めへの対応では緊急性を最も重要な考慮要素としています。
同通知には、迷惑行為の態様に照らして信頼関係が失われた場合の「新たな診療」に関する整理があります。ただし、緊急対応が必要な場合は別の判断が必要であり、この記述を継続入院の一方的な終了にそのまま使うことはできません。
まず、処方や検査結果の説明など未了の医療を把握し、継続外来、入院、診療関係全体のどこを終了するのかを明確にします。入院の継続が医学的に不要でも、外来での治療が必要なことはあります。次に、患者との合意による終了か病院側からの解除かを分け、契約内容と終了の根拠となる事情を確認します。家族の暴力が診療に与える支障と、それを患者本人の契約違反として扱えるかは別に検討します。
現在の緊急性に加え、中断・延期による悪化の危険と入院継続の必要性を医療者が評価し、終了時期を考えます。契約が有効に終了しても、終了時期による賠償責任や、急迫の事情がある場合の必要な対応が残ることがあります。
5 診療体制と引継ぎを具体化する
担当者の変更、複数名での対応、面談場所・時間の調整などで、安全を確保しながら診療できるかを検討します。紹介・転院を進める場合は、受入れの可否と時期、移動中の危険、診療情報・投薬・処置の引継ぎ、移行までの担当と連絡先を具体化します。必要な対応は患者の状態と病院の役割に応じて異なります。
医療法は、医療提供施設で診療に従事する医師・歯科医師に、必要に応じた紹介や、診療に必要な限度での情報提供等に努める義務を定めています。一方、退院後も療養が必要な患者について、病院・診療所の管理者には、関係するサービス提供者と連携し、適切な環境で療養を継続できるよう配慮する義務があります。努力義務だからといって任意とはいえず、また、これらを履行すれば契約上の義務も尽くしたことになるわけではありません。必要な紹介・引継ぎと、必ず受入先を確保するという結果の保証も区別します。
受入先が決まらないときは、中断の危険、調整が進まない理由、対応可能な体制を確認し、当面の医療と終了の範囲・時期を再検討します。受入れの成否だけで終了の効力は決まらず、受入先の確保まで無条件・無期限に同じ体制を維持すべきともいえません。
制限や診療関係の終了を通知する際は、具体的な事実、変更する対応とその理由、残る診療・連絡方法を整理します。終了が有効でも、それだけで直ちに医療を中断したり患者を退去させたりできるとは扱わず、患者の状態と必要な対応、実施する措置の根拠を別に確認します。
6 判断理由を記録し、制限と体制を見直す
具体的な言動、医学的評価、実施した配慮と残る不足、引継ぎの調整、決定者を時系列で残します。記録の中心は、なぜその範囲の制限を選んだかです。危険を避ける暫定措置と継続的な制限を分け、見直す時期や事情を定めます。診療関係の終了を被害職員に委ねず、受診、担当変更、勤務上の配慮などの支援も進めます。
職員保護については、労働契約法が適用される労働関係では、既に使用者に安全への配慮が求められています。カスタマーハラスメントに関する労働者からの相談に対応する体制の整備等を事業主に義務付ける改正労働施策総合推進法の規定は、2026年10月1日に施行されます。それぞれの法令の適用は、病院の運営主体と職員の身分に応じて確認します。一般的な記録方法や雇用管理上の対応は、「顧客等からの過大な要求・言動への対応」もご参照ください。
ご相談に当たっては、問題となった言動の経過、現在の病状と未了の診療、講じた安全措置・配慮、希望する制限の範囲、紹介・転院の調整状況を整理すると、判断すべき点が明確になります。医療事故の疑いに関する調査・説明は、「医療事故・医療過誤への対応」をご参照ください。
※一般病院の外来・入院を中心とする解説です。精神科の非自発的入院や面会制限の特則、隔離・身体拘束の要件は扱っていません。法令等の確認基準日:2026年9月23日。
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