Crisis Management
職員による患者への虐待が疑われるとき――患者保護・院内調査・行政対応
「職員にたたかれた」「必要な介助をしてもらえない」。患者や家族、職員から申告を受けた病院には、結論が出る前から判断が求められます。患者の保護、説明、外部連絡、記録保全を並行して進めながら、何が起きたのかを確認する必要があります。入院中の場面を中心に、法定の通報義務と、事案に応じて選択する院内対応を整理します。
監修:吉川 景司(弁護士・弁理士/第一東京弁護士会)
目次
1 申告直後の患者保護と説明
まず診療上の評価と必要な処置を確保し、危険が続いていないか、同じ職員が担当する他の患者にも影響がないかを確認します。差し迫った危険には警察への連絡も含めて対応し、弁護士への相談完了を待ちません。患者側の暴力についても申告がある場合は、双方の安全と事実確認を進めます。
患者の希望を聴き、把握した情報から現在の危険や必要なケアへの支障を評価し、担当変更、複数職員での対応、勤務場所の調整などから、必要な保護措置を選んで実施します。患者を転棟・転院させることを当然の解決策とせず、診療への影響や本人の負担、代替策を比べます。当面の保護措置と相談先を患者に説明し、その後の変化も確認します。
身体拘束が問題とされ、なお続いている場合は、緊急の診療を確保しつつ、現在の必要性と代替策を医学的に再評価します。必要な資格・手続は適用される制度によって異なり、精神保健福祉法に基づく身体的拘束では、精神保健指定医が必要と認めることに加え、拘束の限度や処遇の基準も満たす必要があります。当初の判断への関与などに応じて別の医師による評価も検討し、過去の拘束の適否は当時の状況と記録から別に検証します。
2 外部への通報・連絡を院内調査と並行して進める
精神保健福祉法では、法律上の「精神科病院」で医療を受ける精神障害者が、その病院で精神障害者の医療・保護に係る業務に従事する者による法定の虐待を受けたと思われる場合、発見した人は速やかに都道府県・指定都市の担当窓口へ通報しなければなりません。この「精神科病院」には、精神病室を設けた他の病院も含まれます。発見者は職員に限られず、患者本人による届出の制度もあります。
通報は院内で虐待と認定した後の手続ではなく、管理者の承認も前提にしません。暴行、著しい暴言、業務の著しい放置などを法律の定義に照らし、虐待を受けたと思われる段階で対応します。
一般病院という呼称や患者の年齢だけで適用を決めず、施設・患者・行為・従事業務を確認します。適用に疑義がある場合の行政窓口等への確認は、患者保護と並行して進めます。併設する介護・障害福祉施設の事案は、その施設・事業の制度も確認します。
障害者虐待防止法に基づく医療機関の管理者の虐待防止措置、医療法上の安全確保の措置、行政による報告徴収・立入検査と、上記の通報義務は別の仕組みです。これらの仕組みがあるからといって、一般病院での全ての申告に同一の通報義務が生じるとはいえず、該当する制度と連絡先を確かめます。行政への相談、刑事告訴、医療事故調査制度への報告も分けて検討します。院内で起きたというだけで、医療事故調査制度の報告対象になるわけではありません。詳しくは医療事故・医療過誤への対応をご覧ください。
3 上書きされる資料を保全し、判断の経過を残す
診療録・看護記録、電子カルテの修正履歴、防犯カメラ映像、勤務表、担当割当て、申し送り、関連する院内連絡について、存在と保存期限を確認します。上書き・消去を防ぎ、原本と複製、取得者・取得日時・管理者を整理します。私物端末等の確認には、権限や同意、対象範囲の検討が必要です。
患者の言葉、医学的所見、伝聞を区別して記録し、追記・訂正は元の記載を残して作成者と日時が分かる形にします。職員のアクセスを制限する場合も、資料の保全と権限ある調査担当者の閲覧経路を確保します。記録は判断を検証する資料であり、残しただけで措置が適法になるものではありません。
4 調査体制を整え、事実が不明なときの判断を分ける
管理者の関与が疑われる場合は、法人の機関・職務権限と選任・権限付与の可否を確認し、対象者に調査・説明の判断が左右されない体制を整えます。外部専門家を加える場合も、資料入手、聴取相手の選定、報告先を実際に確保できるかを点検します。名目上の権限移転では足りず、確保できない権限や資料があれば、調査の限界として明示します。体制整備の完了を、患者保護・証拠保全・法定通報の前提にしません。
患者は診療や生活を病院に依存するため、申告後の扱いへの不安にも配慮します。病状や意思疎通の方法に合わせ、誘導や反復聴取の負担を抑え、病気や認知機能だけを理由に申告を退けません。患者・申告職員・対象職員は原則として別々に聴取します。安全確保に必要な早期の聴取を、全資料の保全まで一律に待つ必要はありません。
例えば、申告が撤回され、映像がなく、対象職員が否定している場合でも、直ちに「虐待はなかった」とは判断できません。当初の申告も資料として評価し、撤回が申告内容の否定・訂正なのか、調査や通報を望まない意思なのか、それらが重なっているのかを、圧力の有無や本人の負担にも配慮して確認します。残る資料や聴取先も検討し、次の判断を分けます。
院内で区別する4つの判断
| 判断 | 判断の中心 |
|---|---|
| 院内認定 | 資料と関係者の説明を評価し、認定できる事実と不明点、その理由を区別する。 |
| 調査終了 | 残る確認事項、追加調査の必要性・見込み・負担を評価する。認定できず終了する場合も、現在の保護の要否は別に判断する。 |
| 担当調整等の保護措置 | 院内認定・調査終了を待たず、現在の保護の要否と方法を判断する。実施後は、必要性・効果、前回からの変化、不利益の累積、実行可能な代替策・軽減策から、継続・変更・終了を判断する。 |
| 懲戒 | 認定した行為、処分根拠、説明・反論の機会、処分の相当性を検討する。 |
※法定通報の対象・要件は第2節参照。該当する通報は、院内認定・承認を待ちません。
調査を終えても、接触への恐怖から必要なケアを受けられないなど、具体的な懸念が続く場合は担当調整を検討します。他方、有効な措置でも、職員の業務経験や評価への不利益の累積を評価します。患者の安全と必要なケアを確保でき、職員の不利益を減らせる実行可能な方法があれば、変更を実施し、その後の影響を確認します。患者の不安は現在の危険やケアへの支障を判断する資料として評価し、過去の虐待の認定とは区別します。措置の継続は、期間の長短や比較・記録をしたこと、見直し日の更新だけで正当化しません。調査終了時には不明点と終了理由を残し、新たな資料や申告、圧力の判明など、再開を検討する条件も整理します。
5 患者・家族への説明と職員への対応を進める
確認できた事実、未確認事項、保護措置、次回説明の予定を患者本人に説明します。家族への共有は、本人の意思や同意、代理権の有無・範囲、情報提供の根拠と必要範囲を確認します。通報を望まないという意思と、申告した事実を否定する説明は分けて受け止めます。申告撤回の内容も事実確認に反映しますが、把握した事実に照らして第2節の通報要件を満たす場合は、撤回内容の確認の完了を待たずに通報します。通報先・必要な情報・保護策の説明は並行して進め、本人の同意や説明完了を条件にしません。
申告内容の共有先を必要な範囲に絞り、患者のケアや職員の配置・評価に報復的な扱いがないか確認します。精神保健福祉法は、法定通報をした業務従事者への解雇等の不利益取扱いを禁止していますが、虚偽・過失による通報は除かれます。ただし、院内調査で虐待を認定できなかったという結果だけから、通報に虚偽や過失があったとは判断できません。保護の適用は、通報時の情報や経緯なども踏まえて別に検討します。
対象職員には、管理者であるかどうかにかかわらず、対象事実についての説明・反論・資料提出の機会を確保します。具体的な告知によって申告者が推測される場合もあり、匿名性を保証することはできません。対象職員が回答できる具体性を確保しつつ、調査に不要な診療情報等は共有せず、告知に伴う申告者への影響と保護策を検討します。告知不足で回答できないことを不利な証拠に扱わず、認定できる範囲に限界が残ることも明らかにします。
患者保護や調査のために行う担当変更・待機は懲戒と目的を区別し、名称だけで判断せず、実際の内容に即して根拠、必要性、期間、賃金などの労働条件を確認します。懲戒は就業規則等と認定した行為を照合し、適用法令に従って判断します。労働契約法の適用がある懲戒では、客観的な合理性と社会通念上の相当性が問われます。派遣・委託の職員については雇用主との役割分担も確認します。調査・処遇の一般的な論点は社内不正・不祥事対応で解説しています。
6 行政への説明と改善を続ける
行政からの照会・提出要求には、根拠、資料の範囲、期限を確認し、確認済みの事実と不明点を分けて対応します。院内調査の終了で行政対応も終わるとは限りません。説明準備や院内の情報管理を理由に、患者・職員の自由な申告や必要な外部通報を妨げない経路を確保します。
個人への対応だけで終わらせず、勤務配置、過去の申告への対応、相談経路、管理職の関与を検証します。法定の虐待と認定できない場合も、判明した不適切な対応は改善につなげます。
相談する際は、申告内容と時系列、患者の現在の状態・保護措置、保全済みの資料、外部連絡や患者・家族への説明、職員への対応状況を、その時点で整理できている範囲で伝えます。資料の整理が終わるまで、相談や必要な初動対応を待つ必要はありません。
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