Litigation & Dispute Resolution
大規模修繕工事の談合による損害額――工事代金の過大支払をどう調べ、立証するか
2026年9月28日、公正取引委員会は、関東地区のマンションの管理組合が発注した大規模修繕工事での受注調整について、施工業者と設計コンサル業者に排除措置命令を、施工業者に課徴金納付命令を出しました。損害の回復を検討するときに避けて通れないのが、いくらを損害として請求するのか、その額をどのような資料で示すのか、という問題です。
工事代金の過大支払による損害は、工事代金の全額ではなく、談合がなければ形成されたと考えられる価格と、実際の契約価格との差を基に検討されます。報道で目にする課徴金の額や、「契約価格の5%」「請負代金額の10分の1」といった数字は、それだけで個々の工事の損害額を表すものではありません。
本ページは、請求を検討している管理組合の理事会と区分所有者の方に向けて、損害額と区別すべき数字、談合がなければ形成されたと考えられる価格の考え方、証拠となる資料、調査の進め方を整理したものです。請求の根拠と期限は大規模修繕工事の談合はいつまで請求できるか――民法・独禁法・契約条項による請求で、設計コンサル業者への請求は大規模修繕工事の設計コンサルに責任を問えるか――施工業者からの手数料と契約上の義務で扱っています。
監修:原 彰一(弁護士・元裁判官/第一東京弁護士会)
まず確認すること
損害額を検討するために、分かる範囲で次の資料と事項を整理してください。
- 工事請負契約書、図面、仕様書、数量、施工の条件(足場・工期など)
- 契約金額と実際の支払額、変更契約・追加工事・値引きの有無
- 見積り合わせ(相見積り)と業者選定の資料(参加した業者、提出された見積書、選定の経過)
- 見積書の内訳(数量・単価)と、作成した会社・提出の経緯
- 比較に使えそうな過去の工事や、ほかの工事の資料
- 補償金・返還金などを受け取っているか、その額
- 足りない資料の保管先と、取得の見込み、追加の調査にかかる費用
ご相談いただけること手元の契約書・見積書・選定資料による、損害額の検討の出発点の整理/比較に使える資料と、追加の調査の要否の検討/公正取引委員会の資料の入手方法と、訴訟での証拠の集め方の検討/補償の提示額と、請求できる額の見積りの比較管理組合の理事・監事の方のほか、区分所有者の方(お一人でも、複数の方でも)からのご相談も承ります。
お問い合わせフォームへ1 損害額と区別すべき数字
1-1 工事代金の全体と、過大に支払った部分
工事代金の過大支払による損害は、通常、実際の工事代金と、談合がなければ同じ工事について形成されたと考えられる代金との差額を基に検討します。工事は実際に行われているため、工事代金の全額が、そのまま損害になるわけではありません。調査費用や弁護士費用、遅延損害金などを併せて請求できるかは、請求の根拠と個別の事情に応じて別に検討します。入札談合の損害賠償が問題になった裁判例には、違法行為によって形成された現実の落札価格から、その違法行為がなければ形成されたであろう落札価格(想定落札価格)を差し引いた額を、原則として損害とするものがあります。
1-2 課徴金・5%の手数料・10分の1の違約金
課徴金は、公正取引委員会が違反事業者に対し、国庫への納付を命じるものです(独占禁止法7条の2第1項)。管理組合に支払われるものではなく、その額は、法律で定められた方法で算定されます。
公正取引委員会の資料によれば、受注した施工業者は、原則として、管理組合との工事請負契約における契約価格の5%を目安とする金額を、設計コンサル業者に支払っていたとされています。この手数料が工事代金にどのように反映されていたかは、個々の工事の見積りと契約の資料から検討する必要があり、5%がそのまま損害額になるわけではありません。
国土交通省は2025年6月26日付の事務連絡で、マンション修繕工事の請負契約に、談合があった場合に請負代金額の一定の割合を違約金として支払う条項を定める例を示し、別紙で、国土交通省の直轄工事の契約書では請負代金額の10分の1とされていることを紹介しています。このような違約金を請求できるかは、その工事の契約に違約金の定めがあるか、どのような場合に支払の義務が生じると定められているかによって異なります。契約書や約款で、その内容と適用の条件を確認します。
1-3 補償金・返還金との調整
施工業者や設計コンサル業者から、同じ損害の賠償として補償金などを受け取った場合、その範囲では、ほかの相手方から重ねて賠償を受けることはできません。差し引くかどうかは、金銭の名目だけでなく、何を補う支払かによって判断します。誰から、どの損害について、どのような趣旨で、いくら受け取ったかを整理しておきます。補償や和解の提案を受けたときの確認事項は、本ページ末尾の「関連するページ」に掲げた「大規模修繕工事の談合で補償・和解を提案されたとき」で扱っています。
2 談合がなければ形成されたと考えられる価格
2-1 比較に使う資料を選ぶ
談合がなければ形成されたと考えられる価格は、実際には存在しなかった価格であるため、現実に存在した価格を手掛かりに推し量ることになります。資料の候補には、違反行為の前後の同種の工事の価格、違反行為に関わっていない業者の見積り、同じマンションの過去の工事などがあります。ただし、これらも当然に比較の基準にできるわけではなく、談合の影響を受けていないか、工事の条件がどう違うかを確認します。裁判例には、想定落札価格を直接推計することは困難であるから、現実に存在した落札価格を手掛かりとして推計することが許されてよいとしたものがあります。
公正取引委員会の排除措置命令書によれば、管理組合は、設計コンサル業者の補助の下で見積り合わせを行い、基本的に、最終的に最も低い見積価格を提示した施工業者に発注していました。受注調整は、この見積り合わせの中で行われていたとされているため、同じ見積り合わせで提出されたほかの業者の見積りは、そのままでは比較の基準になりにくいと考えられます。
2-2 工事原価・積算額と、契約価格の違い
数量や単価を積み上げた積算額は、比較の資料の一つになります。積算額には経費や利益が含まれる場合もあるため、どの費用を含め、どの時点の単価や施工の条件を用いているかを確認します。そのうえで、当時の競争の状況なども検討する必要があり、積算額と契約価格との差を、そのまま損害額とすることはできません。
2-3 仕様・時期・施工の条件の違いと、タワーマンションの比較
比較に使う工事と、請求する工事とでは、仕様、工事の範囲、時期(材料費・人件費の変動)、施工の条件が異なるのが通常です。超高層のマンションでは、外壁の工事に用いる足場やゴンドラ、工期、共用設備の規模などが、ほかの工事と大きく異なることがあります。比較には、こうした違いを補正する検討が必要になります。
3 証拠と、価格の評価の根拠
3-1 契約・見積り・選定の経過の資料
損害額の検討は、まず手元の資料から始めます。工事請負契約書、見積書とその内訳、見積り合わせの募集条件と参加者、設計コンサル業者の報告書や推薦の資料、理事会・総会の議事録などです。
公正取引委員会によれば、設計コンサル業者は、設計コンサル業務の過程で入手した設計予算(管理組合が決定する大規模修繕工事の発注予定金額)等の情報を受注予定者等に提供していたとされています。管理組合が設計予算をどのように決めたか、その根拠となった資料も、価格の評価の手掛かりになります。ただし、設計予算や同じマンションの過去の工事の価格も、談合の影響を受けていない数字とは限らないため、いつ、どのように決まったものかを確かめます。
3-2 公表資料・公正取引委員会の資料・訴訟での証拠の集め方
公正取引委員会は、排除措置命令書を公表しています。公正取引委員会の通達(「独占禁止法違反行為に係る損害賠償請求訴訟に関する資料の提供等について」)によれば、命令が確定した後、損害賠償の訴えを起こす前は、被害者又はその代理人である弁護士などから、訴えを起こすために必要であるとして求めがあった場合に、排除措置命令書又は納付命令書の謄本又は抄本が提供されます。命令が確定する前についても、被害者などが損害賠償の訴えを起こすために必要であるとして求めた場合、又は、訴えを起こした後に原告(被害者)若しくはその訴訟代理人が求めた場合に、命令書の謄本又は抄本が提供されるとされています。
命令が確定した違反行為について損害賠償の訴えが起こされ、裁判所から文書送付の嘱託(民事訴訟法226条)があった場合には、公正取引委員会は、命令に至るまでに取得・作成した資料のうち、違反行為の存在や、違反行為と損害との因果関係、損害額の立証に関連する資料を、裁判所に提出するとされています。ただし、事業者の秘密、事件の処理への支障、個人のプライバシーなどに配慮して、一部を伏せるなどの対応がされます。この通達は、独占禁止法25条に基づく訴えだけでなく、民法709条に基づく訴えなども対象としています。
独占禁止法25条に基づく損害賠償の訴えでは、裁判所は、公正取引委員会に対し、違反行為によって生じた損害の額について意見を求めることができます(同法84条1項)。これは裁判所が意見を求める制度であり、請求する側が公正取引委員会に損害額の算定を依頼できる制度ではありません。
3-3 専門家による技術的な検討と、法的な主張・立証
仕様や数量の違いを補正して価格を比べるには、建築の積算や工事の実務に通じた専門家の検討が必要になることがあります。一方で、どの比較の方法を採るか、どの資料で何を示すかは、請求の根拠と、裁判所が損害額を認定する方法を踏まえて、法的な観点から組み立てる必要があります。
当事務所には、企業間の紛争や独占禁止法を取扱分野とする弁護士のほか、談合に関する損害賠償請求事件を担当した経験を有する元裁判官の弁護士(原 彰一)が在籍しています。工事の契約、見積り、業者選定の経過の資料を法的な観点から整理し、損害額の主張と立証の方針を検討します。
4 調査の段階と、請求の方針
4-1 手元の資料で分かることと、追加の調査
調査は、段階を分けて進めることが考えられます。まず、手元の契約・見積り・選定の資料と公表資料から、請求の相手方は誰か、損害額をどこまで見積もれるか、判断するために足りない資料は何かを整理します。そのうえで、比較の資料の取得や専門家の検討など、費用のかかる調査が必要かを判断します。
4-2 調査の費用、資料の不足、回収の見込み
追加の調査にかかる費用と時間は、見込まれる損害額や、相手方の数、資料の状況によって、請求の方針に影響します。調査の範囲を決めるときは、見込まれる回収額との関係も検討します。
4-3 裁判所による損害額の認定
損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができます(民事訴訟法248条)。入札談合の裁判例には、この規定を適用し、落札率の推移や契約の条項なども考慮して、契約金額の10%に相当する額を損害と認めたものがあります。この事案では、契約に定められた賠償額の予定の条項(請負代金額の10%)そのものは、定められた発生の事由に当たらないとして適用されていません。
民事訴訟法248条は、損害が生じたことが認められることを前提とするもので、相手方の責任や損害の発生についての立証を不要にするものではありません。損害額の判断材料となるよう、入手できる資料を整理し、比較や推計に利用できる事実を示します。裁判例で認められた割合は、それぞれの事案の事情に基づくものであり、ほかの工事にそのまま当てはまるものではありません。
よくあるご質問
Q1 手数料の5%を、そのまま損害額として請求できますか。
当然にはできません。公正取引委員会の資料にある5%は、受注した施工業者が設計コンサル業者に支払っていた手数料の目安です。手数料が工事代金にどのように反映されていたかを含め、談合がなければ形成されたと考えられる価格との差を、個々の工事の資料から検討します。
Q2 相見積りのほかの業者の見積額を、損害額の計算に使えますか。
一律にはいえません。公正取引委員会の命令書によれば、受注調整は見積り合わせの中で行われていたとされており、ほかの業者の見積額も、その影響を受けている可能性があります。比較に使えるかは、その見積りがどのように作成されたかと、見積りの前提(仕様・数量・工事の範囲)を確かめて判断します。同じ見積り合わせの資料だけで判断できない場合は、ほかの価格の資料や積算による検討も組み合わせます。
Q3 比較できる工事がなければ、請求できませんか。
直ちに請求できなくなるわけではありません。直接比較できる工事が見つからない場合でも、工事の数量・単価・経費の積算や、利用できる価格の資料などから、談合がなければ形成されたと考えられる価格をどこまで説明できるかを検討します。損害が生じたことが認められ、損害の性質上、その額を立証することが極めて困難なときは、裁判所が、口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果に基づいて、相当な損害額を認定することができます(民事訴訟法248条)。
Q4 公正取引委員会の調査資料は、すべて入手できますか。
すべてを入手できるわけではありません。公正取引委員会の通達によれば、訴えを起こす前の段階や、命令が確定する前に提供されるのは、命令書の謄本又は抄本です。命令が確定した違反行為について訴えを起こし、裁判所から文書送付の嘱託があった場合は、損害額の立証などに関連する資料が、事業者の秘密などに配慮したうえで裁判所に提出されるとされています。
Q5 必ず専門家に調査や積算を依頼する必要がありますか。
一律には必要ではありません。手元の資料と公表資料で、請求の相手方や損害額の見積りの幅をある程度把握できることもあります。仕様や時期の違いを補正して比較する必要がある場合などに、専門家の検討を依頼するかを判断します。
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ご相談にあたって
大規模修繕工事の談合について、損害額の検討の出発点となる資料の整理、比較に使える資料と追加の調査の要否、公正取引委員会の資料の入手方法、補償の提示額と請求できる額の比較をご相談いただけます。管理組合の理事・監事の方のほか、区分所有者の方(お一人でも、複数の方でも)からのご相談も承ります。工事請負契約書と見積書の有無をお知らせください。資料の送付方法は、ご相談の可否をお知らせする際にご案内します。
お問い合わせフォームへ※法令等の確認日:2026年9月30日。
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に関する法的助言ではありません。具体的な対応については、当事務所までご相談ください。記事の内容は、最終更新日の時点で施行されている法令等に基づいています。施行前の改正法を取り上げる場合は、本文にその旨を示しています。
