Crisis Management
診療報酬の不適切請求が疑われるとき――院内調査・厚生局対応・返還の検討
「勤務予定表と実績が合わない。施設基準を満たさないまま請求していたのではないか」。このような架空の場面を手がかりに、院長・事務長・医療安全担当者等が何を確認し、いつ判断するかを整理します。差異があることと、不適切な請求があったことは同じではありません。
実務上は、現在の請求、過去の調査、必要な届出・行政への回答を並行して進めます。請求や届出・回答の期限をそれぞれ確認し、以下の節の順に一つずつ完了するのを待たず、必要な対応を進めます。
監修:吉川 景司(弁護士・弁理士/第一東京弁護士会)
目次
1 現在の請求と対応期限を確認する
まず、疑義を把握した経緯、対象の算定項目、病棟・診療科、期間、当局から届いた文書と期限を整理します。入力誤り、記録の不足、施設基準の不充足、実施していない診療の請求では、確かめる事実が違います。通常の返戻・査定を直ちに院内不祥事とみなしたり、故意の有無を先に決めたりしないことが出発点です。
今月の請求にも同じ問題が及ぶかを確認します。資料が見つからないことだけで返還を決めず、不充足が未確定であることも従前の請求を続ける根拠にはしません。権限を持つ決裁者は、医事・看護部門等の確認結果を受け、実態、記録要件、届出等の確認済み事項と不明点を分けます。
確認できた根拠に照らして算定できる範囲と、保留・修正・後日調整の可否・手続を確かめ、請求締切前に対象項目の処理と再確認日を決めます。留保の記載や院内承認は算定根拠の代わりにはなりません。請求の問題と診療の継続は分け、患者に必要な医療への影響も確認します。
2 勤務の実態を算定要件に照らす
届出書、診療録・看護記録、勤務実績、レセプト(診療報酬明細書)・会計データ、請求システムの設定・変更履歴を必要な範囲で確保し、次の表で対象時点の要件と実態・請求内容を照合します。
| 確認点 | 照合資料 | 判断上の注意 |
|---|---|---|
| 対象時期・要件 | 当時の告示・通知・疑義解釈 | 判定期間・経過措置を確認し、現在の基準を過去分に機械的に適用しない |
| 実態 | 勤務予定・勤務実績・関連資料 | 予定との差異だけで未充足とせず、充足を裏付ける資料も照合する |
| 記録 | 原資料・作成保存履歴・探索状況 | 未発見と不存在を分け、実態の裏付け不足と、記録自体の作成・保存要件の不充足を区別する |
| 届出 | 届出書・受理内容・変更履歴 | 届出事項・変更時期・算定への影響を確認し、実態の充足だけで届出要件も満たすとは扱わない |
| 例外 | 適用条件を示す資料・必要な報告等 | 対象・期間・報告等の条件を確認し、例外の存在だけで適用を認めない |
予定変更の記載漏れでも、当時の勤務実績などで配置要件の充足を裏付けられる場合があります。他方、記録自体の作成・保存が算定要件なら、勤務や診療を行った証拠だけでは足りません。見つからない記録については、探索した範囲と未確認の保管先を記録し、不存在や診療の未実施、不正請求だと即断しません。
調査体制の確定を待たず、既存の権限内で、要件の充足を裏付ける資料も含めて保全を進めます。原資料を上書きせず、追記・訂正を行う場合は、元の内容と追記・訂正の日時、変更者、理由を追える形にします。代替資料や追記で足りるか、後日調整できるかは個別の要件・手続によるため、後から整えたことだけで、当時の要件も満たしていたとは扱いません。
診療内容の医学的評価は医師、勤務実態の確認は看護・人事部門、算定要件の確認は医事部門や算定専門家、法的責任の検討は弁護士など、問いと対象行為への関与の状況を踏まえて分担します。
3 過去の調査範囲と調査体制を決める
最初に見つかった差異が単発か、同じ設定・運用・指示で他の請求にも生じているかを調べます。記載漏れの原因と影響範囲を特定できれば、調査を限定できることもあります。一方、実態を裏付けられず、同じ記録管理の問題が続いているなら、期間や他病棟、必要に応じ系列病院へ段階的に広げます。抜取りの結果を当然に全件の結論に置き換えません。院内調査の対象期間、行政が求める自己点検範囲、返還対象期間、記録保存期間は別に管理します。
保険医療機関の管理者には、請求・届出や診療録等が適正に扱われるよう監督する責務があります。2026年4月施行の管理者資格に関する経過措置は、監督責務の猶予ではありません。管理者がいつ問題を把握し、何を指示したかを調べ、在任期間・行為時期に応じて改正法令・監査要綱の適用を確認します。
管理者の関与が疑われる場合は、資料の選別や調査・説明方針をその管理者だけに委ねない体制を検討します。法人の実際の機関・権限に即して、調査担当者が原資料にアクセスできるようにし、その管理者を経由せず、権限のある非関与者へ報告する経路を整えます。これらと判断体制を確保できなければ、外部専門家を加えても独立性の問題は残ります。当該管理者の説明・反論の機会は別に設けます。調査への関与を調整しただけで、法定の権限・責務が非関与者や外部専門家に移るものとは扱いません。体制整備中も必要な届出・回答は止めず、権限のある者が各期限に沿って進めます。
法人と管理者個人の利害、弁護士の依頼者を確認し、必要に応じて助言体制を分けます。通報者への配慮や証拠保全の一般的な進め方は、社内不正・不祥事対応をご覧ください。
4 届出・行政への回答・相談を分ける
個別指導は保険診療・請求の適正化、適時調査は届出施設基準への適合確認、監査は不正・著しい不当の疑い等の事実確認・措置のための手続です。届いた文書で手続と確認対象を見極めます。指導・適時調査は不正認定を意味せず、指導を経ずに監査となる場合もあります。医療法上の人員・設備・管理等の立入検査とは別制度です。
自ら疑義を把握した場合は、管理者変更等の法令上の届出、施設基準通知に基づく変更届等、行政からの報告・提出命令への対応、任意の相談を分けます。施設基準の変更届等は、実際の変化、判定期間、例外によって要否や時期を確認します。疑いの把握だけを理由に一律の即時自己申告を求めるものではありません。既に届出等が必要となった事項は、過去の全件調査の完了を待たずに進めます。
行政には、確認済みの事実、算定上の見解、未確認事項を区別して説明します。指摘に異論があれば、適用基準と資料を対応させます。期限までに資料が揃わない見込みなら、提出できる資料、不足分と探索状況を示して、提出方法や期限の扱いを当局と協議します。協議や部分回答だけで、期限が延長されたり、義務を履行したことになったりするわけではありません。資料の探索状況とは別に、当局が求めた資料と期限ごとに、提出・未提出、期限変更の有無と未了の対応を記録します。提出した資料・説明の控えと、原資料との対応を残します。提出物管理等の一般論は、規制当局による調査・強制捜査への対応をご覧ください。
5 返還範囲と患者負担を整理する
対象項目・期間・患者・保険者ごとに、請求の有無と支払の状況を確認し、返戻・査定や既に行った返還・返金も反映して、重複のない内訳を作ります。全額返還か差額調整かは、問題となる要件に加え、別の区分で算定できたか、その届出・請求手続も確認して検討します。診療をしたという事実だけで、差額で済むとは決まりません。返還に異論がある場合は、対象となる指摘・請求・処分を特定し、根拠と争い方を確認します。
保険者への返還と患者が過払いした一部負担金等の返金は分けて確認します。公費負担や高額療養費等が関わる場合は、単純に自己負担割合を掛けず、制度ごとの調整先と金額を確かめます。厚生局に返金すれば精算が終わるという関係ではありません。
監査要綱では、監査で認められた不正・不当事項の返還期間は原則5年ですが、全事案に共通する上限ではありません。これとは別に追加支払の制度がありますが、自動加算ではありません。健康保険の保険者、国保の市町村・国保組合、後期高齢者医療広域連合は、偽りその他不正の行為で診療報酬の支払を受けた医療機関に、各法に基づき当該支払の返還額の40%を追加で支払わせることができます。患者への返金や公費の精算額は、この計算に合算しません。
患者には、請求上の問題と診療内容・安全性の問題を分けて説明します。安全性について未確認なら問題がなかったと断定せず、確認中の事項と次の説明時期を示します。
6 是正後の運用と残る対応を確認する
自主返還をしても、監査や指定・登録の取消しの問題が解消するとは限りません。病院の保険医療機関指定と個人の保険医登録は別に検討し、医師免許に対する処分とも区別します。
管理者の監督・管理上の責務違反は、病院の保険医療機関指定と管理者本人の保険医登録の取消事由となり得ます。ただし、管理者として違反防止のため相当の注意及び監督を尽くした場合は、この事由から除かれます。取消しは自動ではなく、該当する法定事由と監査要綱の基準に照らして判断されます。故意・重大な過失・反復等について必要とされる条件は、事由・類型ごとに異なります。
保険診療の監査で、法令に基づく報告や診療録等の提出・提示を求められた際に、管理者が当該病院の現・元職員へ虚偽説明や書類改ざんを指示する行為も、監査要綱の取消基準に挙げられています。この場合も、病院の保険医療機関指定の法定事由と、管理者本人の責務違反等による保険医登録の法定事由を分けて判断します。
処分が現実の論点となれば、聴聞等で示す主張・資料と保険診療継続への影響を整理します。再発防止は、原因と影響範囲に応じて、研修の内容や、算定開始・変更時の承認、施設基準の継続確認、診療記録と請求の点検、疑義の報告先などの運用を見直し、必要な改善を実施します。公表の要否・時期・内容は、患者への影響や対象範囲、是正状況、適用される義務を踏まえて個別に判断します。
判断に用いる公的資料
- 施設基準:基本診療料の施設基準通知・第2、第3、適時調査実施要領・Ⅱ
- 管理者資格の経過措置:医療法等改正法・附則7条
- 監査・返還:2026年3月30日改正後の監査要綱・第6
- 管理者・取消し・追加支払:健康保険法58条3項、70条の2、80・81条、療養担当規則11条の5、国保法65条3項、高齢者医療確保法59条3項
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