Intellectual Property
医薬品の発売直前における販売差止仮処分への対応
発売を予定していた医薬品について、特許権者から販売差止めの仮処分を申し立てられた場合は、届いた書面の種類と裁判所が定めた期日・提出期限を確認し、発売・製造・出荷の予定と突き合わせます。侵害の成否についての結論を待たずに、裁判手続への対応と事業上の判断を並行して進める必要があります。
仮処分は、本案の訴訟とは別の手続です。判断の対象も、審理の進み方も、決定が出たときの効果も異なります。申立てを受けた段階と、決定が出た段階とで、決めるべきことが変わります。
本稿では、上市の直前に仮処分の申立てを受けた企業に向けて、最初に確認する事項、争う点の整理、集めるべき資料、そして出荷や取引先への対応をどの段階で決めるかを整理します。
監修:吉川 景司(弁護士・弁理士/第一東京弁護士会)
申立てを受けた直後に確認する事項
- 届いた書面が、申立書なのか、期日の呼出しなのか、すでに発令された決定なのか
- 申立人、対象とされている製品、求められている行為(製造、譲渡、譲渡の申出、輸入など)
- 主張されている特許の番号と請求項、侵害の主張の骨子、添付されている疎明資料
- 裁判所が定めた期日と、書面の提出期限
- 自社の発売予定日、製造・出荷の予定、在庫と受注の状況
- 供給契約・販売提携契約・薬価収載に関する手続上の通知義務と、その期限
ご相談いただけること届いた書面の種類と、期日・提出期限の確認/被保全権利(侵害の成否)と保全の必要性の主張の組立て/特許の無効理由についての調査範囲の検討/製造・出荷を継続するかどうかの判断材料の整理/発令された場合の手続(保全異議、執行停止、起訴命令、取消し)の検討/取引先への説明と、権利者からの通知への対応
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1 届いた書面の種類と、これから起こること
申立ての段階と決定が出た段階の違い
まず確認するのは、手元にある書面が何かということです。申立書とともに期日の呼出しが届いている段階であれば、裁判所はまだ判断をしていません。これに対し、すでに決定が出ている場合は、その内容と効力が生じる範囲を確認したうえで、不服を申し立てる手続を検討することになります。
いずれの段階であっても、期限が短いことが通例です。書面の受領日、期日、提出期限を記録し、社内の担当者と外部の弁護士・弁理士の分担を決めます。
書面の種類と、次に起こること
| 届いたもの | 現在の状態 | 次に起こること |
|---|---|---|
| 申立書と期日の呼出し | 裁判所はまだ判断をしていません | 指定された期日で主張と疎明資料を出すことになります |
| 申立書のみ(期日の指定がない) | 期日の指定を待っている段階です | 期日が指定されるか、例外的に期日を経ずに発令される可能性を検討します |
| 発令された決定 | すでに裁判所の判断が出ています | 決定の内容と効力の範囲を確認し、不服を申し立てる手続を検討します |
| 決定に加えて、執行に関する書面が届いている | 執行の手続が進んでいる可能性があります | 決定の内容の確認とあわせて、執行の停止を求めるかどうかを検討します |
この区別を誤ると、対応の順序を間違えるおそれがあります。特に、決定が出ているのに申立ての段階だと考えていると、執行の停止を求めるなど、発令後に必要な対応が遅れるおそれがあります。なお、保全異議の申立てそのものに期間の制限はありませんが、保全異議についての裁判に対する保全抗告には、送達を受けた日から二週間の不変期間という制限があります。書面の表題だけでなく、主文の有無と、裁判所が何を命じているかを確認してください。
意見を述べる機会の有無
販売の差止めを求める仮処分は、仮の地位を定める仮処分に当たります。民事保全法は、この類型について、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければならないとしつつ、その期日を経ることにより申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでないと定めています。
したがって、意見を述べる機会が与えられるのが原則ですが、常に与えられるとは限りません。期日が指定されている場合は、その期日までに何を主張し、どの資料を提出するかを決めることになります。
担保の取扱い
仮処分命令は、担保を立てさせて発せられることがあります。この担保は、保全命令によって相手方である債務者に生じ得る損害の賠償請求権を担保するためのものです。裁判所の説明でも、保全命令が終局的に正当なものと認められ、債務者の損害賠償請求権が発生する可能性がない場合に、担保の取消しが認められるものとされています。差止めによって生じる損失を当然に補償する制度ではありません。
担保の額は、発令された場合に債務者が被る損害などを考慮して裁判所が定めますので、自社の売上規模や供給の状況を裁判所に示すことが、この点にも関係します。なお、条文上は、担保を立てさせないで発令することもできるものとされています。
2 争う点の整理――被保全権利と保全の必要性
侵害の成否と保全の必要性の区別
仮処分の審理では、権利が存在し侵害が認められるかという点(被保全権利)と、判決を待たずに暫定的な措置を採る必要があるかという点(保全の必要性)が、それぞれ検討されます。民事保全法は、この二つをいずれも申立人において疎明しなければならない旨を定めています。仮処分であることを理由に、侵害についての具体的な説明が不要になるわけではありません。
この二つは別の問題ですので、主張も資料も分けて準備します。仮の地位を定める仮処分については、申立人に生ずる著しい損害または急迫の危険を避けるためにこれを必要とするときに発することができるとされています。侵害が認められることと、この仮処分を必要とする事情があることとは、別に検討されます。
侵害の成否については、請求項の文言に基づく技術的範囲の検討、自社製品との対比、そして特許に無効理由があるという主張を検討します。特許法は、特許が特許無効審判により、または延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者は相手方に対しその権利を行使することができないと定めており、侵害訴訟の場でも無効理由を主張することができます。
延長された期間の行為について差止めが求められている場合には、これに加えて、延長された特許権の効力が自社の製品と行為に及ぶかも確認します。延長登録がされていることと、問題とされている行為が延長された期間のものであることとは、別の事柄です。この検討は、技術的範囲の検討とも別になりますので、別稿(延長された医薬品特許による差止め――請求を受けた側と権利者の対応)をご覧ください。
供給への影響の位置づけ
保全の必要性については、患者への供給や取引先への影響を説明することが考えられます。もっとも、供給や患者への影響を示せば差止めを免れる、というものではありません。求められている措置の内容、申立人の側が発令を受けられないことによって被る不利益、事案の緊急性との関係で、個別に検討されることになります。
なお、発令された後に、供給の停止によって生じる損害を理由として取消しを求めることも考えられますが、これは特別の事情による取消しの問題であり、事情の変更による取消しとは要件が異なります。
特別の事情による取消しでは、仮処分によって償うことのできない損害を生ずるおそれがあるなど、特別の事情が問題になります。通常の売上の減少があるというだけで認められるものではありません。また、この手続では、取消しを求める側が担保を立てることを条件とされます。発令の際に申立人が立てる担保とは、担保を提供する側が異なります。
いずれについても、患者への影響があるという説明だけで結論が決まるものではありません。
求められている停止の範囲
申立ての趣旨が、どの製品の、どの行為を対象としているかを確認します。製造、譲渡、譲渡の申出、輸入は、それぞれ別の行為です。自社が予定している行為のうち、どこまでが申立ての対象になっているかによって、当面の対応は変わります。
また、対象となっていない製品や、仕様を変更した製品について、どのような取扱いになるかも確認します。
3 集める資料――技術側と事業側の区分
技術側の資料
自社製品の成分、分量、用法・用量、効能・効果、製剤の構成、製造方法に関する資料を整理します。承認申請に用いた資料と、実際に製造している内容との対応も確認します。
相手方の特許については、特許公報、出願経過、審査・審判の記録、延長登録がある場合はその内容を確認します。無効理由を主張する場合は、先行技術文献の調査が必要になります。
事業側の資料
受注の状況、在庫、供給計画、生産のリードタイム、代替供給の可能性、取引先との契約上の義務を整理します。これらは、保全の必要性に関する主張の基礎になると同時に、担保の額や、発令された場合の損害の見積りにも関係します。
差止めを受けた場合に生じる損失の見積りも、この段階で概算しておきます。
主張と資料の対応
資料を集める作業は、どの主張を支えるためのものかを決めてから始めます。対応関係を整理すると、次のようになります。
| 主張 | これを支える資料 |
|---|---|
| 自社製品は請求項の技術的範囲に属しない | 自社製品の成分・分量・用法用量・製剤の構成・製造方法に関する資料、承認申請に用いた資料、請求項の文言と対比した分析 |
| 特許に無効理由がある | 先行技術文献、出願経過、審査・審判の記録、技術的な意見書 |
| 延長された特許権の効力が及ばない | 特許原簿、延長登録の内容、根拠となった承認処分の内容、対象製品との差異を説明する試験結果 |
| 仮処分を必要とする事情がない | 申立人の側の事情(製品の販売状況、これまでの交渉経過、警告から申立てまでの期間) |
| 発令された場合の不利益が大きい | 受注、在庫、供給計画、生産のリードタイム、取引先との契約上の義務、損失の見積り |
この表の左側が決まらないまま資料を集めると、資料の量が増えても、必要な主張を支える資料が不足するおそれがあります。限られた時間で準備するときほど、主張を絞り、その主張に必要な資料から先に確保してください。
4 事業判断の段階ごとの整理
段階が変わると、決めるべきことも、選べる手続も変わります。まず全体を整理します。
| 段階 | 決めること | 選べる手続 |
|---|---|---|
| 申立てを受けた段階 | 期日までに何を主張し、どの資料を出すか。製造・出荷を続けるか | 答弁書・疎明資料の提出、期日での主張 |
| 決定が出た段階 | 決定に従ったうえで、どの手続で争うか | 保全異議、執行の停止を求める申立て、本案の訴えの提起を命じるよう求める申立て(起訴命令) |
| 異議を申し立てた後 | 執行を止める必要があるか。本案の見通しをどう評価するか | 執行停止の申立て、事情の変更による取消し、特別の事情による取消し |
| 事情が変わった段階 | 取消しを求めるか、和解を探るか | 事情の変更による取消し、特別の事情による取消し、交渉 |
以下、段階ごとに説明します。
申立ての段階
申立てがされただけの段階では、裁判所から製造や出荷の停止を命じられたわけではありません。
もっとも、裁判所の命令とは別に、特許権の侵害に当たる行為であれば、特許法上の差止請求や損害賠償請求の対象となり得ます。決定が出ていないことは、その行為を続けてよいということを意味しません。継続する期間の実施行為が、後に損害額の算定の基礎とされることもあります。
したがって、この段階では、侵害の成否についての見通し、継続した場合に生じ得る責任、そして決定が出た場合の事業への影響を踏まえて、製造・出荷を続けるかどうかを判断することになります。出荷後に回収が必要となる事態を避けるかどうかも、この判断に含まれます。判断の前提とした事実と、判断の経過を記録に残してください。
薬価収載や供給に関する行政上の手続が進行している場合は、その日程との関係も確認します。
決定が出た場合の対応
決定が出た場合は、その内容に従うことになりますが、同時に、次の手続を検討します。
保全異議の申立ては、発令した裁判所に対して行うものであり、上級の裁判所に対する不服申立てとは異なります。
また、異議を申し立てても、それだけで執行が止まるわけではありません。執行の停止を求めるには、別に申立てを行い、保全命令を取り消す原因となることが明らかな事情と、執行により償うことのできない損害を生ずるおそれがあることの双方を疎明する必要があります。この執行停止には担保が必要です。担保を立てることを停止の条件とする場合もあります。
起訴命令は、債務者の申立てによって、裁判所が債権者に対し、一定の期間内に本案の訴えを提起し、その提起を証する書面を提出するよう命じるものです。すでに本案の訴えを提起している場合には、係属していることを証する書面を提出することになります。その期間は二週間以上とされています。「仮処分が出たら必ず二週間以内に本案が提起される」という制度ではありません。命じられた期間内にこれらの書面が提出されなかった場合には、債務者の申立てにより、保全命令が取り消されます。
このほか、被保全権利や保全の必要性が消滅したなど、事情の変更による取消しを求める手続と、特別の事情による取消しを求める手続とが、別に定められています。いずれも、当初の判断そのものを争う保全異議とは目的が異なります。
どの手続を選ぶかは、争点の見込み、時間、担保の取扱いによって変わりますので、個別に検討します。
取引先への説明
卸、医療機関、販売提携先への説明は、内容と時期を検討したうえで行います。特許権者の側から取引先に対して侵害を指摘する通知が送られることもありますので、その場合の対応もあらかじめ整理しておきます。
不正競争防止法は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、または流布する行為を、不正競争として定めています。取引先への通知がこれに当たるかどうかは、当事者間に競争関係があるか、告知された事実が虚偽といえるか、それが営業上の信用を害するものかを、それぞれ検討することになります。
「権利行使であると述べていれば常に適法である」とも、「後に非侵害と判断されれば通知も当然に違法である」ともいえません。通知に至るまでの調査や交渉の経過、通知先、通知の内容と態様を踏まえて、個別に検討することになります。
当事務所のサポート内容
- 届いた書面の内容を確認し、期日・提出期限と社内の対応体制を整理します
- 侵害の成否と保全の必要性について、主張と提出資料の構成を検討します
- 特許の無効理由について、調査の範囲と主張の組立てを検討します
- 発令された場合の手続(保全異議、執行停止、本案の提起を求める申立て等)を検討します
- 出荷・供給・取引先への説明について、法的な検討を踏まえた判断材料を整理します
- 特許権者との交渉、和解の条件についても、競争法上の問題を含めて検討します
よくあるご質問
Q1 申立書が届いただけの段階で、出荷を止めなければなりませんか。
申立書が届いただけの段階では、裁判所から出荷の停止を命じられたわけではありません。もっとも、裁判所の命令がないことと、出荷を続けてよいこととは別です。侵害に当たる行為であれば、決定の前後を問わず、差止請求や損害賠償請求の対象となり得ます。
したがって、侵害の成否についての見通しを踏まえて判断することになります。決定が出た後に回収が必要となる事態を避けるため、出荷の時期を調整するという判断もあり得ます。判断の前提とした事実と、判断の経過を記録に残しておいてください。
Q2 特許が無効だと考えていますが、仮処分の手続の中で主張できますか。
主張することができます。特許法は、特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者は相手方に対しその権利を行使することができないと定めています。延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときも同様です。もっとも、仮処分の手続では時間が限られますので、どの無効理由を、どの資料で主張するかを絞る必要があります。
Q3 供給が止まると患者に影響が出ることを説明すれば、差止めは認められませんか。
そうとは限りません。供給への影響は、保全の必要性の検討において考慮され得る事情の一つですが、それだけで結論が決まるものではありません。求められている措置の内容、申立人の側が発令を受けられないことによって被る不利益との関係で、個別に検討されることになります。発令された後に、供給の停止による損害を理由として取消しを求める場合も同様です。
Q4 決定が出てしまった場合、もう争えませんか。
争う手続があります。保全異議の申立てのほか、執行の停止を求める手続、本案の訴訟を提起するよう求める手続、事情が変わった場合の取消しを求める手続、特別の事情があるときの取消しを求める手続があります。
ただし、保全異議を申し立てても、それだけで執行が止まるわけではありません。執行の停止を求めるには、別に申立てを行い、保全命令を取り消す原因となることが明らかな事情と、執行により償うことのできない損害を生ずるおそれがあることの双方を疎明したうえ、担保を立てる必要があります。どの手続を選ぶかは、争点の見込みと時間によって変わりますので、決定の内容を踏まえて検討します。
Q5 製品の仕様を変更すれば、差止めの対象から外れますか。
対象となる行為の範囲は、申立ての趣旨と決定の内容によって定まります。仕様を変更した製品が、主張されている請求項の技術的範囲に属しないといえるかどうかは、特許法が定める技術的範囲の解釈に従い、変更の内容に即して検討することになります。
また、医薬品の製造販売の承認を受けた事項を変更する場合には、薬機法上、一部変更の承認を受けるべき場合と、軽微な変更として届出で足りる場合とが定められています。変更がどちらに当たるかは、変更の内容によりますので、特許についての検討とは別に確認する必要があります。
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ご相談にあたって
発売直前に販売差止めの仮処分を申し立てられた場面について、書面と期日の確認、主張と疎明資料の組立て、製造・出荷の判断、発令された場合の手続をご相談いただけます。申立書・決定書の写しと、発売・製造・出荷の予定が分かる資料をお持ちいただけると、初回から具体的な検討に入れます。
お問い合わせフォームへ※法令・裁判例の確認日:2026年9月27日。仮処分の手続の運用は事案により異なりますので、具体的な対応は個別にご相談ください。
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に関する法的助言ではありません。具体的な対応については、当事務所までご相談ください。記事の内容は、最終更新日の時点で施行されている法令等に基づいています。施行前の改正法を取り上げる場合は、本文にその旨を示しています。
